取材・文/藤田麻希
室町時代から幕末まで、約400年にわたって画壇の中心に君臨し続けた日本最大の画派、狩野派。その繁栄の基礎を築き、後の画家のスタンダードとなる狩野派の画風を作り上げたのが、2代目の狩野元信(かのう・もとのぶ)です。元信は絵師として優れているだけでなく、工房の主宰者としても手腕を発揮しました。
当時は、馬遠(ばえん)、夏珪(かけい)、牧谿(もっけい)など、中国・南宋時代の画家の作品が人気を集めており、日本の絵師は「牧谿様(もっけいよう)で描いてくれ」といった注文を受け、その筆様を真似て描くことが求められていました。ですが、誰もが牧谿の作品を見て勉強できたわけではなく、作風の理解の度合いは違い、クオリティにもばらつきがありました。
その状況を変えたのが元信です。複数あった様式を、書道の「楷・行・草」になぞらえて、「真・行・草」の三種に整理しました。緻密な構図と硬い描線を用いるのが「真体」、少ない筆数で形を崩すのが「草体」、その中間が「行体」です。このマニュアルを弟子に徹底して叩き込むことによって、描き方に対する共通理解が生まれ、組織的に均質な絵を大量に描くことができるようになったのです。
京都・大徳寺の塔頭、大仙院を飾っていた「四季花鳥図」は、元信本人が描いたことが確かな貴重な作品です。当時の水墨画は墨一色で描かれることが多かったのですが、元信は鳥や草花に鮮やかな彩色を施しました。
左から2幅目の手前に描かれた綬鶏(じゅけい)という鳥から、松の幹、枝と目で追っていくと自然に視線が遠景へと誘われます。岩は荒いタッチですが、一方で、鳥や草花は細い線で緻密に描かれ、その対比も見事です。
また、元信は、父の正信が得意とした漢画と呼ばれる中国風の水墨画だけでなく、宮中御用達の絵師が幅を利かせていた、やまと絵のジャンルにも進出しました。源頼光らによる鬼退治をテーマにした『酒伝童子絵巻』は、濃い絵の具で日本古来の主題を描くやまと絵の特徴と、漢画系絵師らしい明快で力強い構図や線描が見られ、和漢融合の典型的な例です。
このように、和漢両方の画風を自在に操ることができる絵師は、当時としては珍しく、狩野派のセールスポイントになりました。
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そんな狩野元信の大規模な展覧会『天下を治めた絵師 狩野元信』が、六本木のサントリー美術館で開催されています(~2017年11月5日まで)。じつは元信を単独で取り上げる展覧会は、初めてのことなのだそうです。
同館の池田芙美学芸員は次のように展覧会を説明します。
「本展は、当館所蔵の『酒伝童子絵巻』が2015年に重要文化財に指定されたことをきっかけに実現した、歴代学芸員念願の展覧会です。
じつは、元信とその関連作は50点程度しか残っておらず、研究者の誰もが認める真筆は20点程度と、大変少ないです。ご所蔵先でも大事にされている場合が多く、展覧会の開催を不安に思うこともあったのですが、おかげさまでご高配を賜り、代表作のほとんどが揃うこととなりました」
元信のスタンダードがあったからこそ、孫の狩野永徳、その後の探幽や山雪など、時代に応じて、元信様式をはみ出そうとする絵師が生まれたと言えるかもしれません。元信の画風が頭に入ると比較の指標ができ、絵画鑑賞の幅もグッと広がるはずです。
室町のスーパースター絵師・狩野元信の画業を堪能できる貴重な機会です。ぜひこの機会にお出かけください。
【展覧会情報】
『天下を治めた絵師 狩野元信』
■会期/2017年9月16日(土)~11月5日(日)
■会場:サントリー美術館
■住所:東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガレリア3階
■電話番号:03・3479・8600
■公式サイト:http://suntory.jp/SMA/
■開館時間:10時〜18時(金・土曜日は20時まで)
※入館受付は閉館時間の30分前まで
※10月8日(日)、11月2日(木)は20時まで開館
■休館日:火曜
※10月31日は開館
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』