取材・文/藤田麻希
「浮世絵」と聞くとカラフルな木版画をイメージする方が多いかもしれませんが、じつは、このような多色摺の「錦絵」が誕生するまでには、初期の浮世絵版画が登場してから約100年の時間が経っています。
墨一色の墨摺絵から始まり、手で彩色を施した紅絵や漆絵、版木で2色だけ色を摺った紅摺絵といった過程を経て、徐々に多色化が進み、明和2年(1765)頃、ついに錦絵は誕生します。
その創始に関わった浮世絵師として歴史に名を刻んだのが、鈴木春信(すずき・はるのぶ)です。
当時、文人や好事家のあいだで、絵暦という太陰暦の「大の月」と「小の月」の数字を画中に示した摺物(現代のカレンダーのようなもの)をつくることが流行していました。私家版の絵暦はコストに縛られることがなかったため、富裕層は採算度外視で豪華なものを注文。その結果、彫師、摺師の技術が急速に発達し、幾度も版を重ねた多色摺が可能になったのです。
そして、好事家たちの心を鷲掴みにしたのが、品があり、教養に富んだ主題を得意とする鈴木春信でした。特に、絵暦交換会を先導していた、旗本の大久保甚四郎忠舒(おおくぼじんしろうただのぶ)に気に入られ、春信は多くの作品を残しています。
やがて、春信の絵暦の美しさに着目した目ざとい版元は、版木を手に入れ、暦の要素を削って商品化し、一般に「錦絵」として売り出しました。
たとえば、下2つの「見立孫康」は、瓜二つですが、違いがわかるでしょうか?
上の1枚目は、女性が手にする手紙に「小の月 むつき(正月) 卯の花月(4月)…」といった具合に暦が書かれていることから、絵暦としてつくられたことがわかります。一方、2枚目のほうは、文字が消されていることから、商品として売り出された錦絵であることがわかります。こうして錦絵は普及していきました。
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そんな浮世絵師・鈴木春信の大規模な展覧会が、現在、千葉市美術館で開催されています(~2017年10月23日まで。その後、名古屋、大阪、福岡にも巡回予定)。
著名な春信ですが、実はもっとも展覧会が開きにくい浮世絵師と言われています。いったい何故でしょうか? 千葉市美術館の副館長兼学芸課長、田辺昌子さんに伺いました。
「現存する春信の作品のほとんど、おそらく8割以上が海外で所蔵されているため、日本で春信の作品を見るのは難しいのです。
今回展覧会の出品作をお借りしたボストン美術館には600点以上の春信作品が収蔵されています。これは東京国立博物館の春信作品の数倍に上る世界有数のコレクションで、その所蔵作だけで春信の全体像を追うことが可能です。
本展には、このうちの95点を展示します。8割以上が始めて日本に里帰りをするもので、なかには残存数が少なく世界に1点しか確認されていない貴重な作品もあります」
日本で開かれる大規模な回顧展は、今回でたったの3回目。保存状態の非常に良い作品も多いですので、ぜひこの機会に心行くまでご覧ください。
【ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信】
■会期/2017年9月6日(水)〜10月23日(月)
■会場:千葉市美術館
■住所:千葉市中央区中央3-10-8
■電話番号:043・221・2311
■公式サイト:http://harunobu.exhn.jp
■開室時間:10時〜18時(金・土曜日は20時まで)
※入場受付は閉館時間の30分前まで
■休室日:10月2日(月)
■巡回予定
2017年11月3日(祝) – 2018年1月21日(日) 名古屋ボストン美術館
2018年4月24日(火) – 6月24日(日) あべのハルカス美術館
2018年 7月 7日(土) – 8月26日(日) 福岡市博物館(予定)
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』