取材・文/藤田麻希
16世紀後半に活躍したイタリア出身の画家、ジュゼッペ・アルチンボルド。その名前は知らなくとも、彼が描いた、草花や野菜、動物、道具などを組み合わせた、謎めいた肖像画を目にしたことがある方は少なくないでしょう。
アルチンボルドは1526年、ミラノで生まれ、画家である父のもとで学びながら、ステンドグラスやタペストリーの図案など手がけていました。転機となったのは、36歳のとき、ミラノを統治していたハプスブルク家の宮廷画家になったことでした。奇抜な絵画だけでなく、真面目な肖像画や、劇の衣装の制作、祝い事の企画や演出をしながら、フェルディナント1世、マクシミリアン2世、ルドルフ2世の3代の神聖ローマ皇帝に仕え、貴族の称号も与えられました。
アルチンボルドがウィーンに招かれてから間もないころに、マクシミリアン2世への新年の贈り物として描いたのが、『四季』と『四大元素』の連作です。「春」「夏」「秋」「冬」と、世界を形づくる4つの要素と考えられていた「大気」「火」「大地」「水」が、「春」と「大気」、「夏」と「火」といった具合に、それぞれが向かい合うように構成されています。
「春」には80種類もの植物が描かれています。「夏」にはナスやトウモロコシなど北ヨーロッパでは食べることができなかった野菜、「水」には海のないウィーンでは見ることのできなかった生き物も含まれます。しかも生物学的にも正確に表され、それぞれの種が特定できるのです。それらの珍しい生物も描くことで、世界を支配する皇帝の権力をも誇示しています。この作品を、皇帝は大変気に入り、親族や支配下の国にレプリカを贈ったといいます。
上下をひっくり返すと違うテーマの作品に見えてくる上下絵は、童心に帰って楽しめる作品です。「コック/肉」は、肉料理の蓋をあけたところのようですが、逆さにすると金属製の帽子をかぶった年老いた人物の肖像に見えます。日本でも、歌川国芳が達磨の顔を逆さにする上下絵を考案していますが、その300年ほど前の作品です。
アルチンボルドの作品は人気が高く、世界中の美術館に点在し、それぞれで大切に守られています。現在、そのうちの約10点が、東京・上野の国立西洋美術館で開催中の『アルチンボルド展』に集結しています(〜2017年9月24日まで)。
展覧会を監修した美術史家のシルヴィア・フェリーノ=パグデンさんに、本展の見どころを伺いました。
「アルチンボルドの人生と彼が暮らした環境、というテーマに的を絞った展覧会は、今までにない初の試みです。多くの壁を乗り越えて、アルチンボルドの重要な作品を世界中の美術館から集めることができました。
四大元素のうち「大地」は特に重要で、アルチンボルドについての展覧会では初めて展示されるものです。ぜひ会場で御覧ください」
とりわけ『四季』と『四大元素』の8作品が揃う部屋は圧巻です。皇帝も同じような環境に身をおいたのかもしれません。ぜひこの摩訶不思議な芸術を体験しにお出かけください。
【アルチンボルド展】
■会期/2017年6月20日(火)〜9月24日(日)
■会場/国立西洋美術館(東京都台東区上野公園7-7)
■電話番号/03・5777・8600(ハローダイヤル)
■開館時間/午前9時30分〜午後5時30分
*金・土曜日は午後9時まで
*入館は閉館の30分前まで
■休館日/月曜、7月18日(火)
〔ただし、7月17日(月)、8月14日(月)、9月18日(月)は開館〕
■展覧会公式サイト/http://arcimboldo2017.jp/
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』