取材・文/藤田麻希
オディロン・ルドン(1840-1916)といえば、不思議な生物が登場するモノクロームの版画作品を思い浮かべる方が多いことでしょう。
でもルドンには、こんな色彩に満ちた明るい作品もあるのです。
1840年にボルドーで生まれたルドンは、病弱だったために生後2日でペイルルバードという田舎町に住む叔父のもとに預けられました。その荒涼とした地で、ルドンは空想の世界に思いを馳せながら、孤独な少年時代を過ごしました。
学業は不振でしたが、音楽やデッサンは得意で、20代半ばからは放浪の画家ロドルフ・ブレスダンに師事し、版画技法の手ほどきを受けます。当時、印象派の画家たちが戸外で人々の生活を描いて活躍していましたが、ルドンは目に見えるものではなく、悲しみや孤独など人間の内面を描くことに重きを置きました。
39歳のときに初の版画集『夢のなかで』を、45歳で『ゴヤ頌』を刊行。なかなか世間の注目は浴びなかったものの、ユイスマンやマラルメなどの文学者をはじめ、特定の人々には熱烈に支持されました。
これらの一連の作品の印象から、ルドンを「黒」の画家として認識している方も多いかと思いますが、じつは、ルドンは50歳を超えたころから、それまでの作品とは180度違う方向性の、油彩やパステルによる色彩豊かな作品を多く描くようになります。
「黒」の時代の神秘的な雰囲気を残しつつ、沈鬱な表現から解放された明るい画面は、次第にルドンの評価を押し上げていきました。そして63歳でレジオン・ドヌール勲章を受賞、翌年には、サロン・ドートンヌという展覧会で1室を与えられて、作品を展示するまでになります。
そんなルドンが、色彩の絵画に移行してからの、もっとも重要な大作がドムシー男爵の食堂装飾画です。美術愛好家のドムシー男爵が、城館の大食堂を飾るために注文したもので、ルドンは1年以上の時間をかけ、総計36㎡を超す装飾画を完成させました。しかし、それらは長いあいだ非公開で、80年近く人目に触れることなく秘蔵されてきました。
この幻のドムシー城の食堂壁画を、いま東京・三菱一号館美術館で開催中の展覧会《ルドン―秘密の花園》で見ることができます。同館の高橋明也館長に見どころを伺いました。
「ルドンという作家は、一般的には不思議な怪物や妖精がうごめく黒い作品で著名な作家ですが、その画業の後半は、色彩豊かな明るい世界の作品に移行しました。そのあたりのことが、これまであまりフォーカスされていませんでしたので、展覧会でとりあげたく思いました。
また今回の展覧会に展示する〈グラン・ブーケ〉を含むドムシー城の装飾パネル16点は、ルドンが後半の明るい色彩の世界に入る出発点になる大作です。すべてが、花や樹木など、自然の生命を中心に構成されていますので、秘密の花園という副題をつけ、花のモチーフを中心に作品を集めてみました」
現存するドムシー城の食堂壁画16点が、東京で一堂に会する初めての機会です。他にも、国内有数のルドンコレクションを有する岐阜県美術館やオルセー美術館、ボルドー美術館、ニューヨーク近代美術館など、国内外の主要な美術館の作品が集結しています。
またとない機会、ぜひ観賞にお出かけください。
【展覧会情報】
『ルドン―秘密の花園』
■会期:2018年2月8日(木)~5月20日(日)
■会場:三菱一号館美術館
■住所:東京都千代田区丸の内2-6-2
■電話番号:03-5777-8600(ハローダイヤル)
■公式サイト:http://mimt.jp/redon/
■開館時間:10時~18時(祝日を除く金曜、第2水曜、会期最終週平日は21時まで)※入館は閉館の30分前まで
■休館日:月曜(祝日の場合、5/14とトークフリーデーの2/26、3/26は開館)
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』
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