幕末から明治時代にかけて活躍した絵師・河鍋暁斎(かわなべきょうさい/1831~89)は、日本美術ブームの昨今、特に注目を集めている存在です。その理由は、ほれぼれするほどの技量に加え、その旺盛なサービス精神からくる絵の面白さにあります。
暁斎は、幼い頃に浮世絵師・歌川国芳に入門。しかし2年ほどで方向転換し、狩野派の絵師・前村洞和のもとで学びました。庶民に親しまれる浮世絵を手がける歌川派と、幕府の御用絵師も務める正統派の狩野派は、技法も画家としての立ち位置もまったく違います。180度違う二つ流派の技を習得しているのが暁斎の強みです。
迷いのない線、精緻な描き込み、的確な人体把握、少ない筆数で形を伝えられる描写力、どれも見事です。
暁斎は、通り一遍の形式で描くのでは気が済みません。絵の随所にクスリと笑ってしまう仕掛けを施しています。たとえば、仙人が描かれるはずの山水画に七福神がいたり、鍾馗が退治するはずの鬼と遊んでいたり、一休和尚が地獄太夫と骸骨と踊っていたり。戯画を戯画風に描くこともありますが、狩野派の正統派の画風で、それをやってしまうところが珍しいのです。
また、絹地に描く本格的な絵だろうが、紙に描く絵だろうが、浮世絵版画になるものだろうが、絵としての格なんておかまいなし。どんな時でも、見るものを楽しませようという気持ちで一杯です。
しかしながら、幕末・明治時代の美術の研究が長らく盛んではなかったことに加え、多くの作品が海外に渡ってしまっていたこともあり、日本でまとまって暁斎の絵を見られる機会はほとんどありませんでした。
そんな暁斎の作品が、いま東京・渋谷の「Bunkamura ザ・ミュージアム」に里帰りしています(~4月16日まで)。展示されているのは、イギリス在住のコレクター、イスラエル・ゴールドマン氏が35年かけて収集してきた世界屈指の暁斎コレクションです。
画商でもあるゴールドマン氏は、ある時、暁斎の小品「象とたぬき」を購入した翌日に、別のコレクターに転売しました。しかし、翌朝「大変なものを失ってしまった」と後悔し、そのコレクターに買い戻させてくれと頼みましたが、答えはノー。数年間にわったて懇願し、やっと戻ってきました。以来、ゴールドマン氏は、暁斎の絵を商品にしないことに決め、一大コレクションを築きました。
その特徴は、戯画だけでなく、暁斎の名声を高めるきっかけになった鴉(からす)の絵や、浮世絵、幽霊画、宗教画等々、さまざまなジャンルが揃っていることです。なかでも、浮世絵のクオリティは特に高いです。本展の監修者及川 茂さん(日本女子大学名誉教授)は次のように説明します。
「イズィ(ゴールドマン氏の愛称)は、浮世絵を主に扱っている画商です。浮世絵版画には初版の初摺と後版の後摺がありますが、今回展示されている浮世絵は全部初版です。ほとんど間違いのない最高の摺りです。ですから、いろいろな画集に出ているものとは、ひと味もふた味も違います。この彫りの鋭さ、色の見事さ、さらに保存の完璧さ、これは浮世絵を扱っている、イズィ・ゴールドマンでなければ持ち得ないものです」
国内ではめったに見られない作品ばかり、しかも、そのうち80点近くが初披露されるものです。貴重な機会ですので、お見逃しないよう出かけください。
【ゴールドマン コレクション これぞ暁斎! 世界が認めたその画力】
■会期/2017年2月23日(木)~4月16日(日)
■会場/Bunkamura ザ・ミュージアム
■住所/東京都渋谷区道玄坂2-24-1
■電話番号/03・5777・8600(ハローダイヤル)
■料金/一般1400(1200)円 大高生1000(800)円 中小生700(500)円
・( )内は20名以上の団体料金。電話でのご予約をお願いいたします。
(申込み先:Bunkamura Tel. 03-3477-9413)
・学生券をお求めの場合は、学生証のご提示をお願いいたします。(小学生は除く)
・障害者手帳のご提示で割引料金あり。詳細は窓口でお尋ねください。
■開館時間/10時から19時まで。毎週金・土は~21時まで。(入館は各閉館30分前まで)
■休館日/会期中無休
■アクセス/
・JR線「渋谷駅」ハチ公口より徒歩約7分
・東京メトロ銀座線、京王井の頭線「渋谷駅」より徒歩約7分
・東急東横線・田園都市線、東京メトロ半蔵門線・副都心線「渋谷駅」3a出口より徒歩約5分
■美術館公式サイト/http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/17_kyosai/
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』