天智天皇(てんじてんのう)は、飛鳥時代の日本の第38代天皇です。即位する前は「中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)」として知られ、藤原鎌足(中臣鎌足)とともに「大化の改新」(645年)と呼ばれる政治改革を主導したことで、歴史にその名を刻んでいます。

当時、豪族の蘇我氏が権力を独占していましたが、中大兄皇子はクーデター(乙巳《いっし》の変)によって蘇我氏を滅ぼし、天皇中心の中央集権国家を目指しました。日本で最初の本格的な戸籍「庚午年籍」(こうごねんじゃく)を作成し、人々の暮らしを把握しようとしたのも彼の功績です。

天智天皇『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

天智天皇の百人一首「秋の田の~」の全文と現代語訳

秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ

【現代語訳】
秋の田のほとりにある、稲穂を刈り取るための仮小屋の屋根を葺いた苫(とま)の編み目が粗いので、その隙間から忍び込む夜露で、私の衣の袖はしっとりと濡れていくことだ。

『小倉百人一首』1番、『後撰集』302番に収められています。この歌は晩秋の田んぼの仮小屋で刈り取った稲を獣から守るため泊まり番をする農民の夜を描いた歌です。屋根の苫の隙間から落ちる冷たい夜露で袖が濡れる情景に、夜の静けさと寂しさが漂います。

天智天皇が散歩中に草花の露を見て、農民への思いを馳せて詠んだと伝えられ、藤原定家も「静かな余情」を評価しました。

原型は『万葉集』の詠み人知らずの歌で、民謡として歌われていたもの。天智天皇の作かは不明ですが、大化の改新を成し遂げた名君として尊敬されていたことから、次第に天智天皇の作品として定着したというのが通説です。

天智天皇『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

天智天皇が詠んだ有名な和歌は?

大化の改新を主導した力強い改革者のイメージがある天智天皇ですが、『万葉集』には彼の人間的な感情が垣間見える歌も残されています。

妹が家も  つぎて見ましを  大和なる  大島の嶺に  家もあらましを

【現代語訳】
あなたの家を見続けていたいのに。大和にある大島の峰に、私の家があったならばいいのに。

この歌は、天智天皇が鏡王女(かがみのおおきみ)に贈った恋歌です。鏡王女は万葉歌人としても知られ、後に藤原鎌足の正妻となった女性とされています。この「妹」(いも)は現代語の「妹」ではなく、親愛の情を込めた女性の意を表し、「愛しい人の家をずっと見ていたい」という心情を示しています。

歌の中で、遠く離れた大和の大島の峰に、鏡王女の家があってほしいと願うことで、自分が側にいられない悲しみや切なさが表現されています。

しかし、天智天皇と鏡王女の間に正式な婚姻関係は確認されていません。当時の宮廷では、天皇が宮仕えを辞めて退出する女性に対し、その労をねぎらい、別れを惜しんで歌を贈るという慣習がありました。

そのため、この歌も鏡王女が何らかの理由で宮中を去る際に、天智天皇が彼女の功績を称え、別れを惜しんで詠んだ「餞別(せんべつ)の歌」であったと考えられています。

天智天皇、ゆかりの地

天智天皇ゆかりの地を紹介します。

近江神宮

滋賀県大津市にある近江神宮。天智天皇を御祭神とする神社です。天智天皇が飛鳥から都を移した「大津宮」(近江大津宮)の跡地に鎮座しています。境内には、天智天皇が日本で初めて水時計(漏刻)を作ったことにちなんで「時計館宝物館」があり、様々な時計が展示されています。

また、競技かるたの日本一を決める「名人位・クイーン位決定戦」が毎年行なわれることでも知られ、まさに百人一首の聖地といえるでしょう。

最後に

百人一首の巻頭歌「秋の田の~」。それはただ美しい情景を詠んだ歌ではありませんでした。そこには、国の未来を憂い、民の暮らしに心を寄せた為政者・天智天皇の、深く温かい眼差しが注がれていたのです。絶対的な権力者でありながら、最も弱い立場の人々の苦労に共感する。その精神こそ、新しい国づくりを目指した天智天皇の理想だったのかもしれません。

そして、その理想の象徴として、この歌は千年以上の時を超え、百人一首の冒頭で輝き続けているのです。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『全文全訳古語辞典』(小学館)
『原色小倉百人一首』(文英堂)

アイキャッチ画像/『百人一首かるた』(提供:嵯峨嵐山文華館)

●執筆/武田さゆり

武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。

●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com

●協力/嵯峨嵐山文華館

百人一首が生まれた小倉山を背にし、古来景勝地であった嵯峨嵐山に立地するミュージアム。百人一首の歴史を学べる常設展と、年に4回、日本画を中心にした企画展を開催しています。120畳の広々とした畳ギャラリーから眺める、大堰川に臨む景色はまさに日本画の世界のようです。
HP:https://www.samac.jp

 

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