周防内侍(すおうのないし)は、平安時代後期(1037年頃生誕~1111年頃没)に活躍した女流歌人です。父は平棟仲(たいらのむねなか)といい、周防国(現在の山口県東部)の国守(地方官)を務めた人物でした。彼女が「周防内侍」と呼ばれるのは、この父の任国名と、宮中に仕える女官である「内侍」という役職名に由来します。

彼女は、後冷泉天皇、後三条天皇、白河天皇、そして堀河天皇と、実に四代もの天皇に長年にわたり(一説には40年以上、あるいは60年とも)仕えたベテランの女房でした。宮仕えの女性には、高い教養や和歌の才能、そして何よりも優れたコミュニケーション能力が求められましたが、周防内侍はそのすべてを兼ね備えた才媛(さいえん)だったようです。

多くの歌合(うたあわせ)にも参加し、その実力は高く評価され、「女房三十六歌仙」の一人にも数えられています。

周防内侍『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)
周防内侍『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

目次
周防内侍の百人一首「春の夜の~」の全文と現代語訳
周防内侍が詠んだ有名な和歌は?
周防内侍、ゆかりの地
最後に

周防内侍の百人一首「春の夜の~」の全文と現代語訳

春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなく立たむ 名こそ惜しけれ

【現代語訳】
短い春の夜の夢ほどの、はかないたわむれの手枕のために、無駄なうわさが立ったとしたら、なんとも口惜しいことです。

『小倉百人一首』67番、『千載集』964番に収められています。この歌が詠まれた背景には、興味深いエピソードがあります。二月頃の月明かりの美しい夜、二条院で人々が夜通し語らっていた際、周防内侍が「枕が欲しい」とつぶやいたところ、それを聞いた大納言藤原忠家が御簾の下から「これを枕にどうぞ」と腕を差し出してきました。その時に、周防内侍が即座に詠んだのがこの和歌です。

「春の夜の夢」とは、春の夜は短く、夢もすぐに覚めてしまうということ。つまり、忠家の差し出した腕枕も、春の夜の夢のように短くはかないものだろうという皮肉が込められています。「かひなく」には「甲斐なく(無駄に)」という意味と、「腕(かひな)無く」という掛詞が使われています。

結局は「あなたの腕枕を受け入れれば、無駄に名誉を失うことになるので遠慮します」という、洗練された断り方になっているのです。男女間の駆け引きを機知に富んだ表現で巧みに処理した、周防内侍の教養と才気がうかがえる一首です。

周防内侍『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)
周防内侍『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

周防内侍が詠んだ有名な和歌は?

周防内侍は多くの和歌を詠み残しています。その中から、二首ご紹介します。

恋ひわびて ながむる空の 浮雲や わが下もえの けぶりなるらむ

【現代語訳】
恋の辛さに耐えかねて空を眺めると、浮雲がひとひら漂ってゆく。あれは、人知れず恋に身を焦がす私から出た煙なのかしら。

『金葉集』435番に収められています。「下もえ」とは心の底で燃える恋心を表し、自分の切ない恋心を空に浮かぶ雲に託した歌です。周防内侍の情熱的な一面がうかがえます。

かくしつつ 夕べの雲と なりもせば あはれかけても 誰かしのばむ

【現代語訳】
こんなふうに親、きょうだいもなく孤独な境遇で寺に籠ったまま、死んでしまったら……。夕べの雲のように果敢なく消えてしまいでもしたら、ああ、いったい誰が心にかけて偲んでくれるだろうか。

『新古今和歌集』1746番に収められています。心細さや孤独を幻想的に表現し、女性としての哀感を滲ませます。

周防内侍、ゆかりの地

周防内侍、ゆかりの地を紹介します。

京都御苑(京都市上京区)

周防内侍が長年宮仕えをしたのは、現在の京都御苑の辺りにあった平安時代の内裏です。当時の建物は残っていませんが、広大な苑内を散策すれば、きらびやかな装束をまとった貴族や女房たちが行き交い、夜ごと歌会や管弦の遊びが催されたであろう王朝文化の華やかなりし頃の情景が目に浮かぶようです。

周防内侍も、この地で多くの歌を詠み、同僚たちと才を競い合ったことでしょう。

最後に

周防内侍の「春の夜の~」という歌は、ただ美しいだけではなく、“自らの誇りをいかに守るか”という気高い意思、そして奥深い人間観察が込められています。この歌を通して交わされた宮中のやり取りや、平安時代の女性の意地や誇りを知ることで、歌の奥に流れる背景や心情の機微まで感じ取ることができます。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『全文全訳古語辞典』(小学館)
『原色小倉百人一首』(文英堂)

アイキャッチ画像/『百人一首かるた』(提供:嵯峨嵐山文華館)

●執筆/武田さゆり

武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。

●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com

●協力/嵯峨嵐山文華館

百人一首が生まれた小倉山を背にし、古来景勝地であった嵯峨嵐山に立地するミュージアム。百人一首の歴史を学べる常設展と、年に4回、日本画を中心にした企画展を開催しています。120畳の広々とした畳ギャラリーから眺める、大堰川に臨む景色はまさに日本画の世界のようです。
HP:https://www.samac.jp

 

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