山部赤人(やまべのあかひと/生没年不詳~736年頃)は、奈良時代初期の宮廷歌人で、『万葉集』第三期を代表する歌人の一人です。下級役人の身分ながら、その優れた歌才により聖武天皇に仕え、行幸(天皇の地方巡行)に同行して各地の景観を詠むことを主な任務としていました。

紀伊、吉野、印南野などで詠まれた歌は、自然の美しさや天皇への忠誠を表現し、五七五七七の短歌だけでなく、長歌や反歌も巧みに用いています。

後世の歌人たちからの評価も高く、『万葉集』の編者である大伴家持は自身の力量を「まだ山柿(山部赤人と柿本人麻呂)に至っていない」と評し、『古今和歌集』の撰者である紀貫之も、赤人を柿本人麻呂と並ぶ「歌聖」として称えています。

山部赤人『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

目次
山部赤人の百人一首「田子の浦に~」の全文と現代語訳
山部赤人が詠んだ有名な和歌は?
山部赤人、ゆかりの地
最後に

山部赤人の百人一首「田子の浦に~」の全文と現代語訳

田子の浦に うち出でて見れば 白妙(しろたへ)の 富士の高嶺に 雪はふりつつ

【現代語訳】
田子の浦に出てみると、真っ白な富士山の高い峰に雪が降り続いていることだよ。

『小倉百人一首』4番、『新古今和歌集』675番に収められています。『万葉集』では、「田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける」とあります。この歌は富士山の雄大な姿を描写しています。

「田子の浦」とは、現在の静岡県富士市周辺に広がる海岸地帯を指します。この地から見える富士山は、古来より多くの人々に愛されてきました。「白妙」とは、純白の布で、「富士」の枕詞です。富士山に降り積もる雪の美しさをたとえています。

また、「雪はふりつつ」という現在進行形の表現は、富士山に雪が降り続ける様子を生き生きと描き出しており、詩的な臨場感を与えています。

山部赤人『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

山部赤人が詠んだ有名な和歌は?

天皇の行幸に同行しながら、多くの歌を残した山部赤人。その中から二首ご紹介します。

春の野に すみれ摘みにと 来し我ぞ 野をなつかしみ 一夜寝にける

【現代語訳】
春の野にすみれを摘みに来た私は、その野があまりにも美しく、名残惜しくて一晩泊まってしまった。

この歌は、春の野の美しさに心を奪われた様子を詠んでいます。自然の中で過ごす喜びや、そこに宿る生命の息吹を感じさせる一首です。しかし、解釈にはいろいろあり、この歌を恋の歌とする説もあります。

我が背子に 見せむと思ひし 梅の花 それとも見えず 雪の降れれば

【現代語訳】
いとしい人に見せたいと思っていた梅の花は、どれとも見えない。雪が降ってしまったので。

この歌は、赤人が友人に宛てたという説が有力ですが、背子という言葉の使い方から、女性が赤人に向けた歌である可能性も指摘されています。背子は通常、女性が男性に対して使う呼称であり、恋愛感情を含むニュアンスが感じられます。

歌の背景には、梅の花が咲く季節に雪が降るという自然の情景があり、花を見せられないもどかしさが表現されています。

山部赤人、ゆかりの地

山部赤人ゆかりの地を2箇所、ご紹介します。

山部神社・赤人寺

山部赤人ゆかりの地として知られる山部神社と赤人寺は、滋賀県東近江市下麻生町に隣接して建っています。山部神社には、赤人の歌を刻んだ石碑があり、彼の歌の業績を称えています。

一方、赤人寺(しゃくにんじ)には鎌倉時代に建てられた七重石塔が、国指定重要文化財として残されています。伝説によれば、赤人が桜の枝に冠をかけた際、外れなくなり、そのままこの地に永住したとされています。境内の「赤人桜」は、その伝説にちなんで名付けられ、赤人の歌人としての存在を今に伝えています。

最後に

この歌は、富士山の美しさを詠んだもので、白い雪が降り積もる高嶺の姿を描写しています。2014年に、朝日新聞が行った「百人一首で好きな歌」アンケートでは、見事第一位に選ばれました。この結果は、歌の持つ美しさや情景描写の巧みさが多くの人々に感動を与え、広く愛されていることを示しています。

現代を生きる私たちも、赤人の歌を通じて、日本の自然の美しさを再発見することができるでしょう。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『全文全訳古語辞典』(小学館)
『原色小倉百人一首』(文英堂)

アイキャッチ画像/『百人一首かるた』(提供:嵯峨嵐山文華館)

●執筆/武田さゆり

武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。

●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com

●協力/嵯峨嵐山文華館

百人一首が生まれた小倉山を背にし、古来景勝地であった嵯峨嵐山に立地するミュージアム。百人一首の歴史を学べる常設展と、年に4回、日本画を中心にした企画展を開催しています。120畳の広々とした畳ギャラリーから眺める、大堰川に臨む景色はまさに日本画の世界のようです。
HP:https://www.samac.jp

 

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