文・写真/角谷剛(海外書き人クラブ/米国在住ライター)
世界的なスーパースター、故マイケル・ジャクソンの伝記映画『Michael(マイケル)』を、私たちは2025年に観られるはずだった。マイケルを演じる甥のジャファー・ジャクソン(https://jaafarjackson.com/)が本人にそっくりということもあって、寄せられる期待は大きい。
しかし、この映画の公開が延期に次ぐ延期という予想外の事態に陥っている。現在、もっとも新しい公開予定日は2026年4月24日(米国)とされているが、さらに翌年まで延期される、あるいは2パートに分かれて公開されるなどの噂が絶えない。

英語圏ではミュージシャンの伝記映画がひとつのジャンルとして確固たる地位を占めている。ここ10年ほどに限っても、フレディ・マーキュリー『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年)、エルヴィス・プレスリー『エルヴィス』(2022年)、ホイットニー・ヒューストン『I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』(2022年)、ボブ・ディラン『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』(2024年)など、枚挙に暇がない。2025年秋にはブルース・スプリングスティーン『Deliver Me from Nowhere』も公開される予定だ。
しかし、「ポップの王様」と称されたマイケル・ジャクソンの伝記映画は、死後16年を過ぎた今でも未だに公開されていない。ないということだけで、驚くに値するだろう。なにしろディランやスプリングスティーンなどは生前にそれがなされているのだから。
今さら言うまでもないことだが、マイケル・ジャクソンが世界に与えた影響は上に述べたどのミュージシャンにも劣るものではない。音楽だけでなくダンス、映像、ファッションなど、あらゆる面において唯一無二の存在だった。過去もそうであったし、現在でもそうだ。

それにもかかわらず、マイケル・ジャクソンの歴史的評価が定まらない背景には、彼の死後も尾を引いている一連の性的虐待疑惑スキャンダルの存在があると見られている。スーパースターとしての功績はともかく、彼の私生活をどのように描くかについては、制作者側にも慎重な判断が求められているようだ。2021年初演のミュージカル『MJ』も興行的には成功したが、スキャンダルの話題に触れていないとの批判も少なくなかった。
そうした背景からか、マイケル・ジャクソンを顕彰するための記念館や博物館のような施設が、現在のところアメリカ国内にほとんど存在しない。カリフォルニア州サンタバーバラ郡の山中にある自宅兼遊園地だった『ネバーランド・ランチ』は一般には未公開のままだ。インディアナ州ゲーリーにあるジャクソン兄弟の生家も同様らしい。
そうしたなかで、ロサンゼルス市内にある通称『スリラー・ハウス(Thriller House)』は、マイケル・ジャクソンにゆかりのある数少ない現存の場所のひとつである。1983年に発表された伝説的ミュージックビデオ『スリラー』の終盤、マイケルとヒロインが逃げ込むシーンに登場する「お化け屋敷」だ。

『スリラー』はミュージックビデオという表現形式を根本から変えた作品である。14分を超える映画的な構成や特殊メイク、緻密な振付は、後続のアーティストたちに多大な影響を与えた。また、制作過程や舞台裏を記録する「メイキング・オブ・○○」という映像スタイルも、『スリラー』が先駆けであったと言える。
その舞台となったスリラー・ハウスだが、ここもやはり、とくに歴史的遺産としての扱いは受けていない。単に個人所有の住宅であるし、どうやら現在は空き家のようでもある。
この家屋はロサンゼルス市内のカロル・アベニュー沿いに位置している。ロサンゼルスの中央駅にあたるユニオン・ステーションからわずか3km弱の距離だ。しかし、公共交通は不便なので、タクシーを利用するとよいだろう。
周囲には、19世紀末から20世紀初頭に建てられたヴィクトリア様式の家々が立ち並び、この一帯は歴史的景観の保存地区としても知られている。スリラー・ハウスの外観は、通りを歩きながら眺めることができる。観光スポットではないため、見学の際は節度ある行動を心がけたい。

スリラー・ハウス住所:1345 Carroll Ave, Los Angeles, CA 90026
文・写真 角谷剛
日本生まれ米国在住ライター。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。
