文・写真/角谷剛(海外書き人クラブ/米国在住ライター)
米国の学校は地域によっては5月後半には早くも夏休みに入る。遅くても6月中には学年が終わる。そこからの約3か月、夏の楽しみのひとつに屋外コンサートがある。その多くは週末の夕方から夜にかけて、公園の芝生広場などに作られた特設ステージで行われる。大抵の場合は入場無料だし、そうでない場合でもチケット代は低価格だ。
地元の観客はビーチタオルや折り畳みのイスを持参して集まる。食事やお酒を一緒に楽しむスタイルの家族連れが主流だ。本来のルールではアルコール禁止の公園でも、その日だけは大目に見られることが多い。フードトラックやアイスクリーム屋台もやってくる。日本の花見と雰囲気は似ているかもしれない。

幅広い世代が一緒に楽しめるようにという配慮からか、演奏される音楽は古い時代のものが多い。やたらと「80年代トリビュート」的なバンドが出演する。筆者の近所に限っても、昨年はアバ、クイーン、マイケル・ジャクソンのコピーバンドがやってきた。
かつてフィーバーしていたナウい若者たちが、今では子どもか孫を連れて、懐かしのヒットソングに合わせて踊りまわる。そんな楽しい光景を見ることができる。

1988年に刊行された村上春樹著『ダンス・ダンス・ダンス』は80年代の様相を伝えるうえでも優れた小説だと思うが、そのなかに主人公があの頃に流行していた音楽をこき下ろす場面がある。ラジオから次々と流れるヒットソングのほとんどが「ティーン・エイジャーたちから小銭を巻き上げるためのゴミのような大量消費音楽」であり、いつの時代にも存在する「意味のない使い捨て音楽」だったらしい。
筆者もかつて80年代音楽の数々に小銭を巻き上げられたティーン・エイジャーたちのひとりだった。しかし、思いもかけなかったことではあるが、あの頃に大量消費されたはずのヒットソングの多くは40年という年月を過ぎた現在でも人々に聴かれている。少なくとも使い捨てではなかったことは確かだ。現在では80年代音楽はひとつのジャンルとして確立しているし、80年代音楽を専門とするアーチストやバンドも多い。

80年代音楽を好むのは中高年世代に限らない。筆者は高校部活動コーチという職業柄、米国のティーン・エイジャーたちと日常的に接している。あるいは日本とは事情が異なるかもしれないが、米国の若い世代は驚くほど80年代の音楽に詳しい。彼らはワム!もボンジョビもプリンスもよく知っているし、ハロウィンの夜はマイケル・ジャクソンのスリラーの振り付けを真似て踊ることだってできる。
80年代のティーン・エイジャーたちは自分の親や祖父母が若い頃に流行った音楽をクールだともトレンディだとも思っていなかったはずだが、現在のティーン・エイジャーたちはそうではない。
80年代「風」の音楽も人気だ。テイラー・スウィフトは現在もっとも集客力が高いアーチストのひとりだが、もっとも売れたアルバムのタイトルは「1989」である。
やはり80年代とは特別な時代だったのだろうか。あるいは現在の若者は音楽の好みがそれ以前の世代より多様で柔軟なのだろうか。

夏の屋外コンサートは全米各地で行われている。たとえばグーグルで”summer concert series near ○○”と検索すれば(○○は地名)、近くで行われる予定のイベントを探すことができるはずだ。
そうしたイベントは裕福な郊外住宅地で行われることが多く、治安の心配はあまりない。むろん交通の便が良いところも悪いところもあるので、公共交通機関を利用する場合はある程度の下調べと気力や体力が必要になる。
一例として、筆者が住むカリフォルニア州オレンジ郡の例を紹介する。以下のウェブページで2025年夏に行われる屋外コンサートの予定を見ることができる。
6月19日に第1回目が開催され、8月21日の最終回までに9回のコンサートが予定されている。ちなみに7月10日のFlashback Heart Attackは80年代音楽専門バンドである。会場のMason Regional Parkは最寄りのバス停(Culver-University)から徒歩6分くらいだ。
もし夏の間に米国旅行や出張の予定があれば、近くの屋外コンサートを探してみてはどうだろうか。意外な楽しみが見つかるかもしれない。
文・写真 角谷剛
日本生まれ米国在住ライター。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。
