近鉄奈良駅から北側のエリアを「きたまち」と呼ぶ。奈良時代に建てられた東大寺転害門(てがいもん)や江戸の面影を残す街道筋、明治の洋風建築などが遺り、散策すると住宅街の中に奈良の歴史の断片がモザイクのように現れる。

そんなきたまちと関係の深い鉄道が明治時代に存在した。その名は「大仏鉄道」。明治31年(1898)に、関西鉄道(現JR関西本線)の加茂駅と大仏駅間で開業した「大仏線」の通称である。日本の鉄道の黎明期に開業した参詣鉄道のひとつで、奈良駅の北約1kmの地点にあった大仏駅は、東大寺の最寄り駅として参拝者で賑わった。開業の翌年に奈良駅まで延伸、総距離9.9kmとなった。

しかし、大仏線は山越えの難所を抱えていたため、明治40年(1907)8月に、加茂駅から木津駅を経て奈良駅を結ぶ平坦なルートの鉄道が開通すると、同年11月に廃止されてしまう。「幻の鉄道」と呼ばれるのは、9年という短い歴史の中で記録も少なく、興隆する鉄道発展史の中に埋もれてしまったためだ。

その大仏鉄道が近年注目されている。廃線跡にはトンネルや橋台などの鉄道遺構がいくつも遺り、それらを訪ねながらのハイキングを楽しむ人が増えてきた。歩き通せば、奈良駅から府県境を越え京都府の加茂駅を目指す、総距離13kmほど、徒歩で3~4時間のルートだ(加茂~奈良のルートもある)。

鉄道の記憶を留める記念公園

そんな大仏鉄道の遺構を、鉄道ファンとして知られる女優の村井美樹さんと巡った。スタートは、大仏駅のあったところから、東に約1kmほどの東大寺転害門だ。

1.東大寺転害門

かつての大仏参詣者たちも潜った東大寺の入口

奈良時代中期の743年に「大仏建立の詔(みことのり)」により歴史が始まった東大寺は、幾度も兵火や火災に遭い再建されてきた。その中で転害門は天平時代の建物をそのまま残している。創建は756~762年頃。
奈良市雑司町142-1 電話:0742・22・5511 見学自由 交通:近鉄奈良駅より徒歩約19分

「東大寺といえば、奈良公園側の南大門から訪れることがほとんどで転害門は初めて。東大寺は何度も燃えているイメージがありますが、唯一、転害門だけが遺っているんですね。大仏鉄道を利用すると、ここが大仏殿のある東大寺の入口だったのです」(村井さん、以下同)

かつて大仏駅があった付近には、奈良市と地元自治会の協力で「大佛鐡道記念公園」が作られている。

「あまり知られていない鉄道ですが、記念の公園があるなど、今も地元の人に愛されていることがわかります」

2.大佛鐡道記念公園

奈良市と地元自治会の協力で作った記念公園

かつて大仏駅があった付近に平成4年(1992)に作られた。園内には機関車の動輪のモニュメントが設置され、説明碑に鉄道の歴史が刻まれている。

ここから一路北上。「鹿川隧道(しかがわずいどう)」「松谷川隧道」の順に“幻の鉄道”の記憶をたどっていく。

3.鹿川隧道

今も農業用水路として利用されるトンネル

数少ない奈良市側の遺構。石積みとレンガによるアーチ状の隧道は、農業用水路として軌道の下に通された。水路は今も利用されている。隧道の上を奈良県道・京都府道44号線が走る。

4.松谷川隧道

かつては、農道と農業用水路を兼ねていた

かつての軌道跡付近の道路の下に遺る。花崗岩とレンガによる構造で、農道と農業用水路として造られた。トンネル内の突起の上に橋をかけて人道用とし、その下を水路とした。

畠山製菓

「玉子せんべい」で往時の雰囲気を味わいたい

大佛鐡道記念公園からほど近いところにある、地元で評判の煎餅店。写真は大仏鉄道のイラストが描かれた「玉子せんべい」450円(12枚入り)。
創業は昭和8年、3代目の畠山幸仁さんが手焼きで作る。
奈良市法蓮町973-6 電話:0742・22・6531
営業時間:7時~19時 定休日:第1・第3日曜
交通:近鉄奈良駅より徒歩約17分

「120年以上も前に9年間しか走っていなかった鉄道遺構が、しっかり残っていることにまず驚きます。鉄道愛好家や地元の方々によって整備されていると聞きましたが、各所に案内板が設置されていて、短命に終わった鉄道の歴史をしっかり伝えようとする意志を感じます」

機関車は英国から輸入されたもので、関西鉄道は「電光(いなずま)号」と名付けた。機関車は深紅の塗装がされていた。精悍な名の電光号だが、途中、黒髪山トンネルの前後は25パーミル(1000mの距離で25mの高低差)もの勾配を有する最大の難所があり、しばし立ち往生をした。そんなときは乗客や沿線の村人が列車を押して登ったという。そんな難所があったことも、短期間で廃線が決まった要因だった。

5.赤橋

今も道路を支え続ける力持ちのレンガ橋

上を軌道跡の道路が通る、赤レンガ造りの橋台。花崗岩などの切石を交互に積み強度を出す構造で、今も道路を支えている。路面までの高さは約4m。

京都府側に入ると周辺に里山の景色が広がり、見どころの遺構が続く。木津川市の城山台公園の周辺にはレンガ造りの「赤橋」「梶ヶ谷隧道」が至近にあり、村井さんの鉄道愛が一気に上昇した。

「梶ヶ谷隧道や赤橋のレンガは明治の鉄道構造物などによく見られた『イギリス積み』(※レンガの長い面だけの段と短い面だけの段を交互に積み上げる、英国から伝わった工法。)ですね。中も歩けます。梶ヶ谷隧道を抜けると山深い秘境ともいえる景色が広がり、反対側はきれいな公園などもある住宅地と、その対比が際立っています。もしかしたらここは鉄道が走っていた当時と現在を結ぶ、タイムトンネルなのかもしれません」

6.梶ヶ谷隧道

トンネルを抜けると里山の景色が広がる

赤橋より加茂駅方面に300mほど進むと、軌道下に農道として造られた隧道が現れる。隧道のアーチの下部は花崗岩の切石、上部はレンガの構造。隧道の長さは約16m。

赤橋の上の廃線跡は小径になっている。そこに立つ村井さんは感慨深そうだ。

「眺めているとレールがあったことを実感します。この緑の景色の中を走る赤い機関車、とても鮮やかに映ったことでしょう」

梶ヶ谷隧道から加茂駅方面に2kmほど歩くと観音寺橋台に到着。橋台の向こうにはJR関西本線の橋が見える。ともに同時期に造られたが、片や現役、片や廃線という対比が郷愁を誘う。

7.観音寺橋台

廃線遺構の向こうにJR大和路線が併走する

大仏鉄道の急勾配を緩和するために造られた築堤にある石積みの橋。奥の橋台は同時期に造られた現JR大和路線(関西本線)の橋。現役路線と廃線のコントラストが見られる。

客車を照らした石油ランプ

終着はJR加茂駅。加茂駅のそばにはレンガ積みの「ランプ小屋」が遺る。列車に電気照明がないころの石油ランプの保管庫で、今も倉庫として利用されている。

8.ランプ小屋

列車を灯した石油ランプの照明器具と油を保管

加茂駅の開業時、明治30年(1897)に建てられた切妻屋根のレンガ建築。機関車の前照灯、客車照明灯、油などを保管していた。JR奈良線稲荷駅などにもランプ小屋が遺る。

「当時は駅員が客車の屋根を歩いて、ランプをひとつひとつ差し込んでいったと聞きます。ランプに照らされた車内には、どんな情景が広がっていたのか、思わずそんなことを想像してしまいました」

9.JR加茂駅

大仏鉄道の起点となった旧関西鉄道の主要駅

遺構巡りの終点はJR加茂駅。明治30年に私鉄の関西鉄道の駅として開業、翌年、奈良に通じる大仏線(大仏鉄道)が開通し起点駅となる。現在は大阪まで直通快速が走る。

大佛汽茶(だいぶつきっちゃ)

鉄道ファンならずとも訪れたいカフェ

ランプ小屋を見学したら、目の前にある喫茶店『大佛汽茶』を訪ねたい。店内には明治時代の蒸気機関車の模型が展示され、大仏鉄道の再現映像が上映されている。地元産の日本茶から作った「和紅茶」(530円)が名物。
京都府木津川市加茂町兎並東前田23-1 電話:0774・99・2050
営業時間:10時~16時(土曜、日曜、祝休日)
定休日:平日
交通:JR関西本線加茂駅より徒歩約3分

地元で大事にされている鉄道遺構を宝探しのように巡ってみてください!

案内人 村井美樹さん(女優・45歳)
早稲田大学教育学部卒業後、女優デビュー。鉄道、歴史などに詳しく、クイズ番組などで活躍している。

遺構巡りを終えて、加茂駅近くの『大佛汽茶』(上)でくつろぐ村井美樹さん。鉄道ファンのジャンルでいえば鉄道旅を楽しむ「乗り鉄」だが、全国の廃線跡も訪れる。今回は地元の「大仏鉄道愛」を強く感じたという。

取材・文/宇野正樹 撮影/小林禎弘 ヘア&メイク/真田智晴

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