僧正遍昭(そうじょうへんじょう)は、平安時代前期に活躍した高僧であり歌人です。816年に桓武天皇の孫として生まれ、俗名を良岑宗貞(よしみねのむねさだ)といいました。仁明天皇に重用され、近衛少将や蔵人頭といった要職を務めましたが、35歳の時に天皇の崩御をきっかけに出家。

比叡山で修行を重ね、後に僧正の位に上り、光孝天皇にも重用されました。和歌の才能にも恵まれ、紀貫之選出の「六歌仙」と藤原公任選出の「三十六歌仙」の両方に名を連ねる稀有な存在です。百人一首では「天つ風」の歌が選ばれています。彼の子である素性法師も百人一首(21番)に選ばれており、親子二代で和歌の名手として名を残しました。890年、74歳でその生涯を閉じています。

僧正遍昭『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

目次
僧正遍昭の百人一首「天つ風~」の全文と現代語訳
僧正遍昭が詠んだ有名な和歌は?
僧正遍昭、ゆかりの地
最後に

僧正遍昭の百人一首「天つ風~」の全文と現代語訳

天つ風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむ

【現代語訳】
空吹く風よ、雲の通い路を閉ざしておくれ。天女の舞姿をしばらくこの地上にとどめておこう。

『小倉百人一首』12番、『古今和歌集』872番に収められています。『古今和歌集』には「五節(ごせち)の舞姫を見て詠める」とあります。五節の舞(ごせちのまい)という宮中行事で、天女のように美しい舞姫たちの舞に見とれた僧正遍昭が、その時間がいつまでも続いてほしいと願う気持ちを詠んだものです。

五節の舞とは毎年11月の新嘗祭(にいなめさい)に宮中で行われた少女たちの舞のこと。公卿や国司の未婚の娘が選ばれて舞姫になりました。それぞれの家では競って華美を極め、その姿はとても美しいものでした。とはいえ、緊張の強いられる暗儀であったともいわれています。

「天つ風」は天を吹く風、「雲の通ひ路」は天女が通る道(雲)を指します。この歌は線対称的な構造になっており、「天つ風」が「をとめの姿」と、また「雲の通ひ路」が「しばしとどめむ」と対応する形で詠まれていて、全体的な調和がとれた美しい一首です。

「をとめ」は「天つ乙女」の意味で天女を指します。五節の舞姫を天女に見立てた表現です。「しばしとどめむ」という表現からは、女性の姿を少しでも長く見ていたいという、切ない想いが伝わってきます。

僧正遍昭『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

僧正遍昭が詠んだ有名な和歌は?

六歌仙、三十六歌仙の一人に数えられる平安時代を代表する歌人だけあって、多くの名歌を残しています。その中から二首紹介します。

はちす葉の にごりにしまぬ 心もて なにかは露を 玉とあざむく

【現代語訳】
蓮は泥の中に育ちながら、それにも染まらない清らかな心をして、なぜ葉の上に降りた露を玉に見せかけるのか。

『古今和歌集』165番に収められています。蓮の葉が泥水に染まることなく清らかさを保つように、清浄な心を持つ蓮が、露を玉と見せかけるのはなぜかと問いかけた歌です。僧正遍昭ならではの、仏教的象徴である蓮への親しみと風雅な眼差しが感じられる一首です。

浅みどり 糸よりかけて 白露を 玉にもぬける 春の柳か

【現代語訳】
浅緑色の糸をより合わせて白露を数珠として貫いた春の柳であるなあ。

『古今和歌集』27番に収められています。春の朝、羅城門西の寺のほとりに咲く柳の枝。細い緑の糸のように絡み合う若枝に、まるで数珠を通すように、きらめく白露が宝珠のように輝いている景色を詠んだ艶やかな一首です。

僧正遍昭、ゆかりの地

僧正遍昭ゆかりの地を紹介します。

雲林院(うんりんいん)

雲林院は、京都市北区にある臨済宗の寺院。元は淳和天皇の離宮・紫野院で、桜や紅葉の名所として知られ、歌舞の宴も開かれました。後に仁明天皇、常康親王に伝領され、869年に僧正遍昭が寺院に改め雲林院としました。

「あまつ風」の歌碑があり、『大鏡』『源氏物語』などにも登場する、歴史と文学にゆかりの深い場所です。

最後に

僧正遍昭は、和歌を通して、日本人が古来から感じてきた自然の美しさ、そしてそこに宿る神秘性を見事に表現しました。「天つ風」に描かれた天女の姿を通じて、私たちはただ美しいものを眺めるだけでなく、その刹那の一瞬の美にこそ価値があるということを教えられます。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『全文全訳古語辞典』(小学館)
『原色小倉百人一首』(文英堂)

アイキャッチ画像/『百人一首かるた』(提供:嵯峨嵐山文華館)

●執筆/武田さゆり

武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。

●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com

●協力/嵯峨嵐山文華館

百人一首が生まれた小倉山を背にし、古来景勝地であった嵯峨嵐山に立地するミュージアム。百人一首の歴史を学べる常設展と、年に4回、日本画を中心にした企画展を開催しています。120畳の広々とした畳ギャラリーから眺める、大堰川に臨む景色はまさに日本画の世界のようです。
HP:https://www.samac.jp

 

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