紀友則は平安時代の歌人で、その繊細な感受性と自然描写で多くの人々の心を捉えてきました。紀貫之の従兄弟と言われていて、貫之と共に「三十六歌仙」の一人。『古今和歌集』の撰者でもありましたが、完成を見ることなく亡くなりました。

紀友則『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

目次
紀友則の百人一首「ひさかたの~」の全文と現代語訳
紀友則が詠んだ有名な和歌は?
紀友則、ゆかりの地
最後に

紀友則の百人一首「ひさかたの~」の全文と現代語訳

ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ

【現代語訳】
こんなにも日の光がのどかに降りそそいでいる春の日に、落着いた心もなく、花は散っていくのだろう。

『小倉百人一首』33番、『古今和歌集』84番にも収録されています。『古今和歌集』の詞書には、「桜の花の散るを詠める」とあります。春の暖かい日差しが降り注ぐ、穏やかな春の日に桜の花だけが落ち着いた心もなく散っていく様子を詠んだものです。

「ひさかたの」は、「光」にかかる枕詞。「光のどけき」は日の光が穏やか、という意味ですが、のんびりした気持ちもこめられています。「しづ心」とは落ち着いた心。「花」に対して、心を持っている、散ることが花自らの意志とする擬人法を用いています。

春ののどかな風景と、散り急ぐかのような桜の花のはかなさが対照的に描かれている歌です。また、「ひさかた」、「光」、「春」、「日」、「花」と、「は」行の音が続き、さらに「の」を繰り返すことによって、和歌全体の調べがリズミカルなものとなっています。

紀友則
紀友則『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

紀友則が詠んだ有名な和歌は?

『古今和歌集』の撰者だったこともあり、『古今和歌集』には多くの歌が収められています。その中から代表的な歌を二首紹介します。

1:君ならで 誰にか見せむ 梅の花 色をも香をも 知る人ぞ知る

【現代語訳】
あなた以外の誰にこの梅の花を見せましょうか。この素晴らしい色も香りもわかる人にしかわからない。

『古今和歌集』38番に収められており、詞書には「梅(の)花を折りてひとにおくりける」とあります。この歌は、愛しい人への特別な想いを梅の花にたとえて詠んでいます。梅の花が持つ優美な色や香りを、「色と香を知る人」すなわち、理解してくれる特別な存在にだけ伝えたいという気持ちを表現しています。この「君」が意味するのは、単なる知人や友人ではなく、深い関係や特別な理解を持つ人だと考えられます。

「君ならで」と断定的に述べることで、「君」だけが自分の気持ちを理解できる唯一の存在であることが強調されているのです。さらに、「色をも香をも 知る人ぞ知る」と続けることで、梅の花の魅力を知る人が特別な存在であることを暗示し、他の人にはわからないという独占的な気持ちが伝わります。

2:色も香も おなじ昔に さくらめど 年ふる人ぞ あらたまりける

【現代語訳】
桜の花は、色も香も昔と同じに咲いているのだろうけれど、この年老いた私の姿だけが、昔とは全く変わってしまった。

『古今和歌集』57番に収められており、詞書には「さくらの花のもとにて、年の老いぬる事をなげきてよめる」とあります。桜の花が変わらぬ美しさを保っている一方で、年月とともに人の心が変化していく様子を対比して詠んでいます。

桜の花は毎年同じ色や香りで春に咲き誇りますが、それに比べると、人は年を重ねるごとに心境や感じ方が変わっていくものだ、といった思いが込められています。変わらない自然の美しさと、人間の心の移ろいを対照的に描くことで、人生の無常や移り変わりを示唆しています。

紀友則、ゆかりの地

紀友則は、生没年も不詳でその生涯は謎に包まれています。彼は40歳を過ぎるまで官職に就けず、不遇の時代を過ごしていました。しかし、その後、土佐掾(とさのじょう)という、土佐の国司の役職に任じられます。ゆかりの地として、土佐を紹介します。

土佐(今の高知県)

友則が土佐掾に任命された背景には、藤原時平(ときひら)の尽力があったとされています。時平は、友則の才能を認め、彼がふさわしい役職に就けるよう助けた可能性が高いと考えられます。土佐は紀友則にとって、ようやく花開くように活躍の場を得た地であり、彼にとっての転機となりました。その後、さらに内記(ないき、宮中の記録を司る役職)も得て、和歌や文才を発揮していきます。

最後に

紀友則の花が散る様子に心を揺さぶられる気持ちは、時代を超えて私たちの心にも響きます。皆様にも、このような和歌を通じて日本の自然や心情を再発見していただき、日常の中での感慨を深めていただければと思います。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『全文全訳古語辞典』(小学館)
『原色小倉百人一首』(文英堂)

アイキャッチ画像/『百人一首かるた』(提供:嵯峨嵐山文華館)

●執筆/武田さゆり

武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。

●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com

●協力/嵯峨嵐山文華館

百人一首が生まれた小倉山を背にし、古来景勝地であった嵯峨嵐山に立地するミュージアム。百人一首の歴史を学べる常設展と、年に4回、日本画を中心にした企画展を開催しています。120畳の広々とした畳ギャラリーから眺める、大堰川に臨む景色はまさに日本画の世界のようです。
HP:https://www.samac.jp

 

関連記事

ランキング

サライ最新号
2025年
1月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

「特製サライのおせち三段重」予約開始!

小学館百貨店Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

花人日和(かじんびより)

和田秀樹 最新刊

75歳からの生き方ノート

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店