ライターI(以下I):『光る君へ』第25回では、越前から京に戻ってきたまひろ(演・吉高由里子)の結婚問題が描かれる一方で、一条天皇(演・塩野瑛久)と中宮定子(演・高畑充希)の関係が貴族社会を揺るがす事態に発展している状態も描かれました。
編集者A(以下A):そうした中で、中宮定子の兄の藤原伊周(演・三浦翔平)が一条天皇の側に戻ってきました。笛を吹いているのは藤原公任(演・町田啓太)。ここでは、『枕草子』102段「二月つごもりころに」に描かれている清少納言(演・ファーストサマーウイカ)と藤原公任の歌のやり取りの場面をベースに展開されました。
I:藤原公任が「少し春ある心地こそすれ」と下の句を書いた紙を清少納言に託して、上の句を求めたというものですね。
A:清少納言がつけた上の句が「空寒み花にまがへて散る雪に」です。劇中では、一条天皇が「白楽天の南秦(なんしん)の雪か」と感心している場面も挿入されました。清少納言と公任の和歌のやり取りの出典が白楽天(白居易)の作品をまとめた文集『白氏文集』だということが説明されました。
I:「南秦雪」の「三時雲冷多飛雪 二月山寒少有春」(三時雲冷かにして多く雪を飛ばし 二月山寒く春有ること少なし)の場面ですね。この漢詩から着想を得た公任が「少し春ある心地こそすれ」とお題を出し、清少納言がこの漢詩の中から「空寒み花にまがへて散る雪に」と上の句をつけたと……簡単に説明できるのですが、実際はすごいことだと思いませんか? お互いが『白氏文集』の漢詩に詳しくなければできない芸当です。
A:公任と清少納言の豊富な知識に裏打ちされたやり取りということですよね。以前にも有名な「香炉峰の雪」の場面が劇中で再現されましたが、内裏から離れた職御曹司(しきのみぞうし)で逢瀬を重ねている一条天皇と中宮定子の「サロン」の空間でこの場面を再現するわけです。
I:めちゃくちゃ面白いですよね。すぐさま『枕草子』102段に飛びつきたくなってしまいました。「風いたう吹きて、空いみじう黒きに、雪すこしうち散りたるほど~」の名場面……。この章段の和歌のやり取りが『白氏文集』を原典にするものというのは戦前に国文学者の金子彦二郎博士が提唱したものだそうです。『枕草子』も『源氏物語』も膨大な研究の蓄積があるのがすごいですよね。
【『枕草子』102段に書かれていた、ある秘事。次ページに続きます】