独自の割烹料理を生み出して30数年。今も進化する料理人の活力の源は、卵とチーズ、多種類の野菜を欠かさない朝食だ。
【鈴木好次さんの定番・朝めし自慢】
東急東横線・学芸大学駅から徒歩数分、商店街を抜けた住宅地の一角にその店はある。和食の名店、『割烹すずき』である。
「食材選びに妥協せず、私の眼で選んだその日の最高の食材を、友人宅にいるような寛いだ雰囲気の中で楽しんでもらっています」
という店主の鈴木好次(すずきよしつぐ)さんは、福島県生まれ。15歳で上京し、住み込みで寿司店に入ったのが15年に及ぶ修業の始まりだった。東京の大森、銀座、自由が丘と寿司修業行脚は続き、30歳で独立。学芸大学駅近くの現店舗とは異なる場所で、まずは居酒屋をオープンした。だが、寿司の師匠はいても、和食のその人はいない。
「寿司屋でしか修業をしていないので、魚の目利きはできますが、料理はできない。それから試行錯誤の日々が始まりました」
まず書物から情報を得て、ジャンルを問わず食べ歩きをして料理のヒントを体得。菓子や惣菜を買った時などは、原材量表示から何を使っているのかを読み取り、添加物だけを除外して試作してみる。さらに和食の師匠ともなってくれたのが、請われて開いていた料理教室の生徒たちだ。
「教室のおかげで、料理の幅が広がった。身近にある旬の食材や残り食材などを使って新しい料理を作り、生徒さんと一緒に食べる。そうして遠慮なく感想や意見を交換しながら、私ならではの割烹料理が完成したように思います」
割烹料理人の朝は洋食
朝は早い。季節を問わず、午前5時起床。6時くらいの電車に乗って、仕入れのために東京・豊洲市場に向かう。その日、納得した食材を仕入れ、移動時間と合わせて往復3時間。9時近くに店に戻り、朝食はそれからだ。
割烹料理人とはいえ、朝食はパンにコーヒーという洋食である。
「カミさんが健康を気遣って、卵やチーズといった動物性たんぱく質に、多種類の野菜や豆類を揃えた朝食を用意してくれます」
昼食は軽く麺類などで腹六分目。腹を満たしすぎると、料理への意欲が半減するからだ。夜は自宅に戻ってから、幸子夫人が作る晩ご飯を食す。これは和・洋・中を問わない。料理人の食生活は、夫人の手に委ねられている。
予約時最後に「美味しいものを作ってお待ちしております」
『割烹すずき』の料理は、一にも二にも素材に愛情を注ぐことだ。
「愛情は食べる人ではなく、素材にかける。野菜はもちろん、魚や肉も大地の恵みです。それをいただくのだから、その良さを存分に引き出すのが愛情をかけるということ。素材の持ち味や香り、旨味を引き出せれば、組み合わせは自然に浮かぶものです」
それらの素材に出汁を効かせ、過剰な調味料や飾りは入れない。あくまでも素材第一主義である。
その割烹料理を供する空間もまた、独自の美学に貫かれている。
「店ではあるけれど、自分の部屋でお客様をもてなすという気持ちです。だから、店内には好きで集めた骨董品を配し、料理を盛り付ける器は京都などで見つけたアンティークも利用しています」
寿司店での修業時代から、休日には美術館などで器や絵画を鑑賞し、感性を磨いた。それが今、進化し続ける料理はもちろん、店の設えにも生かされている。
予約の最後に「美味しいものを作ってお待ちしております」──この言葉に“おもてなし”のすべてが込められている。
※この記事は『サライ』本誌2024年4号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。 ( 取材・文/出井邦子 撮影/馬場 隆)