九州と同じほどの面積で、東シナ海の南に位置する台湾は、大きな魅力を秘めた旅先だ。特に開府400年に沸く台南に注目。多様な文化を探訪する旅に出かけたい。
第二の故郷日本で、生涯を台湾の夜明けに捧げる
台南市の中心部、呉園という庭園に王育徳紀念館がある。
王育徳は旧制台北高校を卒業後、東京帝国大学に進学。しかし、戦況の悪化で台湾に戻り、終戦を迎えた。その後は教職に就いたが、自らが手がけた演劇が国民党を諷刺していることを理由に迫害を受け、亡命を余儀なくされた。1947年、暴政に抗議した台湾人に対し、国民党政府が弾圧を加えた「二二八事件」では約3万人が犠牲になったが、その中には実兄の王育霖も含まれていた。
1949年、香港を経由して日本に密入国し、東京大学に復学。以降、台湾語の研究、台湾語の辞書の編纂の他、台湾の民主化運動に尽力し、雑誌『台湾青年』『台湾─苦悶するその歴史』ほかを執筆する。1974年、インドネシアで台湾出身の元日本兵・中村輝夫が発見されたのを契機に、戦後見捨てられてきた台湾人元日本兵戦死傷者の補償を求めて奔走した。
祖国への想い、台湾人の誇り
王育徳は台湾の「あるべき姿」を求め、中華民国体制からの脱却と建国を目指す活動を続けた。そして、61年の生涯を閉じた。
国民党による一党独裁体制が続く中、王育徳が台湾に戻ることは叶わなかった。それでも、「台湾はわが祖国、われここに生き、ここに死す」という信念は貫かれていた。人々はそういった郷土の「先輩」を慕い、敬愛している。
紀念館は2018年に開館し、わずか半年で2万人の来館者があった。台南市は台湾人にとっての戦後史、そして、「台湾人とは何か」との本質を問い、考える場として、この場所を整備したという。
展示物には日本との関わりが深い遺品も多い。日本語の解説文もあるので、足を運び、台湾について考えたいところである。
美しい「呉園」に佇む王育徳紀念館で激動の生涯と台湾の歴史を振り返る
紀念館が立っているのは水を湛えた池の畔。ここは台湾四大名園と謳われた「呉園芸文中心」を前身とする公園だ。
「展示品は、東京の自宅から寄贈したものばかりです。日本から訪れる方々は、台湾なのにどこか懐かしさを感じられる不思議な場所とおっしゃいます」
こう語るのは王育徳の次女で、日台交流に活躍する王明理さんだ。書斎の前に佇むと、氏の人柄に親近感が湧いてくる。明理さんに紀念館の見所を聞いた。
「戒厳令下の台湾では許されなかった、台湾に関する研究や活動を、父は日本で行なっていました。それ故に帰国できませんでしたが、日本で多くの友人に恵まれました。ひとりの人間は61年の生涯で案外、多くの仕事ができるもののだと感じていただけると思います」
展示の解説文は全て日本語が併記されているほか、映像や台湾語の雑誌『台湾青年』の表紙に自分の写真を載せる装置など工夫も多く興味深い。繰り返し訪れる人も多い評判の紀念館である。
王育徳紀念館
住所:中西区民権路二段30号
電話:06・2219682
開館時間:9時〜17時
定休日:月曜、火曜
料金:無料
解説 片倉佳史さん(台湾在住作家・54歳)
取材・文/平野久美子 撮影/藤田修平
●文中、敬称略。
※この記事は『サライ』本誌2024年1月号別冊付録より転載しました。
【完全保存版 別冊付録】台湾の古都「台南」を旅する