室町時代に造られていた幻の酒母「菩提酛」を仕込む


「僧坊酒(そうぼうしゅ)」という言葉をご存じだろうか。奈良時代から平安時代初期まで、酒は朝廷内で造られていたが、その後寺院で造られるようになる。鎌倉時代から室町時代の頃、寺院は神仏をともに祀っていたため、神に供えるために寺院で醸造する酒・僧坊酒が始まり、僧坊酒の収入は寺院経営の財源調達の手段のひとつだった。
奈良市南東の山間に位置する正暦寺(しょうりゃくじ) 。正暦3年(992)の創建当初は堂塔・伽藍を中心に多くの僧房を抱え、大量の僧坊酒を造る筆頭格の大寺院であった。正暦寺で醸される酒は、白く濁ったどぶろくではなく、透き通った清酒。その革新的な酒造りが確立されたため、清酒発祥の地とされている。
「室町時代の文献『御酒之日記(ごしゅのにっき)』に僧坊酒の製造場所と製法についての記述があり、正暦寺では菩提泉(ぼだいせん)という名の酒が造られ、酒母の原形とされる菩提酛造りが行なわれていました」
こう話すのは住職の大原弘信さん(72歳)。『御酒之日記』によると、生米を寺の湧水に浸け、「おたい」と呼ばれる蒸米を入れ2日間乳酸発酵を促し、「そやし水」という酸性水を作る。これを酒母の仕込み水に使うことで、天然の乳酸による強い酒母ができる。これを醸したのが菩提泉で、のちに仕込みを3回に分けて行なう三段仕込みや腐敗を防ぐ火入れもされ、正暦寺の酒は天下第一の酒と評された。
幻の醸造法を復活
その後菩提酛造りは途絶え、幻の醸造法となるが、平成8年、奈良県の蔵元有志が集まり、菩提酛の再現復活を目指し「菩提酛研究会」を発足。平成10年に正暦寺での酒母製造免許が下り、毎年1月の清酒祭で、共同で菩提酛を造り続けている。約500年ぶりに復活した菩提酛は、7蔵が持ち帰って各自が醸造。それらの酒は正暦寺塔頭(たっちゅう)の福寿院でも購入できる。

「菩提酛復活に当たり、境内各所で菌の採取・調査が行なわれました。すると酒造りに必要な乳酸菌が境内に湧き出る岩清水から、麹菌や酵母菌も境内から発見されました。蔵元や技術者の皆さんと、日本酒造りに適した自然環境を守り、寺院醸造という伝統文化を清酒発祥の地・奈良から伝えていくことが私の使命です」(大原さん)

正暦寺

奈良市菩提山町157
電話:0742・62・9569
開場時間:9時~16時
拝観料:500円
交通:JR帯解駅から車で約15分 ※時間・料金は時期により変動。

取材・文/関屋淳子 写真/奥田高文

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