室町時代に造られていた幻の酒母「菩提酛」を仕込む

毎年1月に開かれる清酒祭。令和8年は1月10日。正暦寺駐車場前に作られた仕込み蔵の前で、菩提酛の酒母の仕込みを行なう。そやし水に浸漬した生米を甑(こしき)に入れ、米を蒸す。チーズのような独特の発酵臭がする。
蒸し上がった米を麻布に広げて冷ます。境内では粕汁の振る舞いや、菩提酛を使って醸造した酒の試飲販売もある。写真/正暦寺(上画像も)

「僧坊酒(そうぼうしゅ)」という言葉をご存じだろうか。奈良時代から平安時代初期まで、酒は朝廷内で造られていたが、その後寺院で造られるようになる。鎌倉時代から室町時代の頃、寺院は神仏をともに祀っていたため、神に供えるために寺院で醸造する酒・僧坊酒が始まり、僧坊酒の収入は寺院経営の財源調達の手段のひとつだった。

奈良市南東の山間に位置する正暦寺(しょうりゃくじ) 。正暦3年(992)の創建当初は堂塔・伽藍を中心に多くの僧房を抱え、大量の僧坊酒を造る筆頭格の大寺院であった。正暦寺で醸される酒は、白く濁ったどぶろくではなく、透き通った清酒。その革新的な酒造りが確立されたため、清酒発祥の地とされている。

「室町時代の文献『御酒之日記(ごしゅのにっき)』に僧坊酒の製造場所と製法についての記述があり、正暦寺では菩提泉(ぼだいせん)という名の酒が造られ、酒母の原形とされる菩提酛造りが行なわれていました」

こう話すのは住職の大原弘信さん(72歳)。『御酒之日記』によると、生米を寺の湧水に浸け、「おたい」と呼ばれる蒸米を入れ2日間乳酸発酵を促し、「そやし水」という酸性水を作る。これを酒母の仕込み水に使うことで、天然の乳酸による強い酒母ができる。これを醸したのが菩提泉で、のちに仕込みを3回に分けて行なう三段仕込みや腐敗を防ぐ火入れもされ、正暦寺の酒は天下第一の酒と評された。

幻の醸造法を復活

その後菩提酛造りは途絶え、幻の醸造法となるが、平成8年、奈良県の蔵元有志が集まり、菩提酛の再現復活を目指し「菩提酛研究会」を発足。平成10年に正暦寺での酒母製造免許が下り、毎年1月の清酒祭で、共同で菩提酛を造り続けている。約500年ぶりに復活した菩提酛は、7蔵が持ち帰って各自が醸造。それらの酒は正暦寺塔頭(たっちゅう)の福寿院でも購入できる。

冷めた蒸米(むしまい)と麹をそやし水の入ったタンクに入れ、蔵元らにより櫂入れ。酒母の無事完成を願い全員で祈祷し、清酒祭は終了。その後、仕込みタンクの温度管理をしながら正暦寺酵母を加え、菩提酛は約2週間でできあがる。写真/奈良新聞社

「菩提酛復活に当たり、境内各所で菌の採取・調査が行なわれました。すると酒造りに必要な乳酸菌が境内に湧き出る岩清水から、麹菌や酵母菌も境内から発見されました。蔵元や技術者の皆さんと、日本酒造りに適した自然環境を守り、寺院醸造という伝統文化を清酒発祥の地・奈良から伝えていくことが私の使命です」(大原さん)

段仕込みをせずに一度の仕込みで仕上げる菩提泉を仕込む信楽焼の甕(かめ)。菩提酛の原点である菩提泉の復活には、正暦寺境内で住職が栽培した酒米・露葉風(つゆはかぜ)を用いる。

正暦寺

平成12年に建立した「日本清酒発祥之地」碑。左は住職の大原弘信さん。先々代が残した古文書を繙(ひもと)き、研究会発足に繋げた。

奈良市菩提山町157
電話:0742・62・9569
開場時間:9時~16時
拝観料:500円
交通:JR帯解駅から車で約15分 ※時間・料金は時期により変動。

取材・文/関屋淳子 写真/奥田高文

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