九州と同じほどの面積で、東シナ海の南に位置する台湾は、大きな魅力を秘めた旅先だ。特に開府400年に沸く台南に注目。多様な文化を探訪する旅に出かけたい。
「台南の市民は幸せだなあ……」
開館して間もない奇美(チーメイ)博物館を訪れた当時の李登輝総統は、こう感嘆したという。一代で世界的企業を育て上げた稀代の実業家であり、芸術家であり、また親日家でもあった許文龍さん(1928~2023)が集めたコレクションは、自然史、科学技術、東西の兵器、楽器、13~20世紀の西洋絵画、古代から現代までの彫刻と多岐にわたる。中でもストラディヴァリ、グァルネリ、アマティなどの名器を揃えた弦楽器の蒐集は世界随一。李登輝が感嘆したように、台南に居ながらにして、世界の一流芸術品を鑑賞できる。
「創設者の方針である、誰もがくつろげ、笑顔があふれる家庭のような場所としての博物館を運営しています。開館した当初の方針はまったく変わっていません」
そう話すのは準備段階から博物館の業務に携わってきた奇美博物館基金会会長の郭玲玲さんだ。
彼女の叔父に当たる許文龍さんが、子どもの頃からの夢と社会還元のために博物館を開設したのは1992年。当初は本社ビル内にあったが、2015年に現在の新館へ移設。敷地面積は約3万坪あり、前庭に西洋彫刻が並ぶ白亜の殿堂が田園に聳え立つ。
創設者の願いがすみずみに
奇美博物館の誕生は、創設者の生い立ちに関わる。日本統治時代に貧しい少年期を送った許さんが芸術に目覚めたのは、公学校(台湾人児童のための小学校)の日本人教師と、当時の台南州立博物館のおかげだったという。貧富の差に関係なく、幼い頃から芸術に触れる機会を持つことが、どれほど人生を豊かにしてくれるか身をもって学んだ許さんは、会社経営に成功すると民衆の視線に合わせた教育的な博物館の開設に取り組んだ。
その信念を、彼は自身の著書の中で述べている。
「よい文物は自分で鑑賞するだけでなく、より多くの人にも見てもらって分かち合わなければならない。文物の蒐集は自分の好みだけでなく、大衆に好まれることがより大切だ」(『二つの餌で魚を一匹だけ釣る 釣りをしながら許文龍と語る』林佳龍編著 甘利裕訳 早安財経文化刊)
音楽への理解が進んだ
ここ奇美博物館では、市民と芸術の関係に分け隔てはない。誰もが芸術を享受できる展示と環境が整っている。
「音楽に対する市民の理解や弦楽演奏への親近感を引き上げた点は、台南の文化に貢献したと思います。以前は月に一度、無料演奏会を開いていましたし、現在も年に何度か行ないます。所蔵するバイオリンは台湾の演奏家や学生さん、台湾で演奏活動をする外国人音楽家にも貸し出しています」(郭さん)
「政府のできないことを人々のために率先して行なうことが創設者のポリシーでした」と話す郭会長は、その精神を受け継ぎ、台南ばかりでなく台湾の人々の文化、芸術にさらに貢献すべく力を注ぐ。
暮らすように台南を旅するなら、一日かけて奇美博物館を訪れてほしい。1階のレストランや売店のほか、2階にはカフェもあり、ミルクレープ(ケーキの一種)が評判だ。
奇美博物館
住所:台南市仁徳区文華路二段66号
電話:06・2660808
開館時間:9時30分~17時30分
定休日:水曜
料金:200元(学生および65歳以上は150元、7歳未満は無料)
取材・文/平野久美子 撮影/宮地 工
●1元(NT$)は約5.2円(両替時・2023年11月20日現在)
※この記事は『サライ』本誌2024年1月号別冊付録より転載しました。
【完全保存版 別冊付録】台湾の古都「台南」を旅する