ライターI(以下I):いよいよ『光る君へ』が始まりました。冒頭に陰陽師としておなじみの安倍晴明(演・ユースケ・サンタマリア)が意味ありげに登場しました。
編集者A(以下A):安倍晴明、このとき50代半ば。陰陽師という役職が重用された時代を象徴する人物です。映画やドラマ『陰陽師』で知名度も抜群ですから、オープニングを飾るにふさわしい人物です。
I:早くもわくわくさせられる場面でしたね。転じて、まひろ(のちの紫式部/演・落井実結子)の父藤原為時(演・岸谷五朗)が「王戎簡要、裴楷清通……」など、中国の古典『蒙求(もうぎゅう)』を詠んでいました。
A:息子の太郎(演・湯田幸希)に詠み聞かせているのですね。『蒙求』は唐で8世紀に成立したと伝わる今でいう教科書のような読み物で、元慶2年(878)には、陽成天皇の弟宮貞保親王が『蒙求』を「始讀」したことが『日本三代実録』元慶2年8月25日条に記されています。その日は雨が降っていたようです。
I:「門前の小僧習わぬ経を読む」ではないですが、まひろが掃除をしながら諳(そら)んじていたのも印象深かったですね。
A:この頃の藤原為時は、劇中のように不遇だった様子が描かれていますが、藤原兼家(演・段田安則)らと同じ藤原北家の流れで、祖父の兼輔は中納言の要職にあり「三十六歌仙」のひとりという文才ある家系ではあります。
I:貴族も大変ですね。
A:為時は、藤原兼家との縁で師貞親王(演・伊藤駿太)の学問指南のような立場を得ることになります。
I:実力者の縁故に頼って「職」を得たという形ですね。
A:古代から日本は隋や唐などから、中国の法の仕組みをはじめさまざまなことを採り入れてきましたが、採用していないものもあります。そのひとつが官僚を採用するための試験「科挙」なんだと思います。
I:ああ、なるほど。ざっくりいうと科挙による官僚選抜ではなく、門閥による選抜を採用したというわけですね。為時のように才のある人物は科挙のような試験があればよかったのでしょうね。
A:現実には「課試」といわれる試験制度が一部実施されていたようですけどね。劇中では為時が式部省の少丞を希望していたということですが、少丞は四等官です。ちなみに昨年の『どうする家康』で登場した石田三成の治部少輔の「少輔」は治部省の次官ですね。もちろん戦国時代にはもう実態はないのですが。
入内(じゅだい)の歴史を概観
I:私が、このドラマは面白くて勉強になると思った瞬間がありました。藤原兼家の子息道隆(演・井浦新)、道兼(演・玉置玲央)、三郎(のちの藤原道長/演・木村皐誠)などが揃った場面です。この時代を象徴する仕組みについてわかりやすく伝えてくれました。
A:兼家が安倍晴明に詮子(演・吉田羊)が先に入内できるように帝に奏上せよと申し付けたのに、裏切ったというくだりですね。
I:はい。それを受けて道隆が「入内の順番なぞかかわりございませぬ。関白様の一の姫より先に詮子が皇子を産めばよいこと。必ずや父上の世は参りまする」という台詞です。
A:確かに。この入内のくだりは、『光る君へ』の時代を理解するうえで重要な箇所ですし、一昨年の『鎌倉殿の13人』、昨年の『どうする家康』にもつながる話題なので別項で詳述しましょう。
I:この同じ場面で、一家のもとに運ばれた膳は、高盛でした。平安時代の饗応料理で供されたとされるもので、ごはんをはじめ料理が高く盛られているものです。摂関家の儀礼や調度などに関してまとめた『類聚雑要集』にもこうした料理が描かれています。今でも歴史のある神社などで神様にお供えする神饌で、類似のものを見ることができます。
A:おっと、細かいところを見ていますね。これはなかなか勉強になります。別の場面になりますが、三郎がまひろにお菓子をあげる場面がありました。平安中期の話ですからもちろん砂糖などない時代です。いったいどんなお菓子だったのだろうと想像力がふくらみますね。お菓子の歴史好きのIさん、いかがですか?
I:前年の『どうする家康』では南蛮から伝来したコンペイト(金平糖)が登場しましたが、平安中期のお菓子は『源氏物語』や『枕草子』などにもけっこう登場するんですよね。中国伝来の唐菓子(主に揚げた菓子)もありますが、椿餅など日本生まれの菓子も紹介されています。でもごめんなさい、まひろが三郎からもらったお菓子が何なのかはわかりませんでした。
【第1回で飛び出した『源氏物語』の有名シーン。次ページに続きます】