第1回で飛び出した『源氏物語』の有名シーン
I:あんまりべた褒めするのも気が引けるのですが、第1回の脚本で凄い! と思った箇所がもうひとつあります。詮子が入内して、円融天皇(演・坂東巳之助)のお渡りが多いということを宮中の女官たちが「お上は詮子様に夢中だわ」などといって、ひそひそと噂します。このシーンを見て、私は『源氏物語』の冒頭部分を想起しました。
A:あ! 「すぐれてときめきたまふありけり」ですね。なるほど、確かに。『源氏物語』自体は今作では描かないと言いつつ、『光る君へ』第1回で『源氏物語』冒頭部分を想起させるとは、さすが大石静さん。ついでに言及しますが、内裏(だいり)で詮子の入内が不吉であると騒いでいるとの報に接した兼家と道隆のやり取り、やや乱暴な道兼に対して兼家が発した台詞など、今後の兼家一族の権謀術数につながる伏線らしきものに感じられました。
I:前者が「世の流れは己で作るのだ」「頭を使え、肝を据えよ」で後者が「嫡男道隆を汚れなき者にしておくために泥をかぶるものがおらねばならぬ」ですね。
A:どんな時代、どんな組織にも「汚れ役」はいます。汚れ役だと割り切って任務を遂行する人、結果的に自分は汚れ役にされていたのかと落胆する人、さまざまです。
I:秘書を汚れ役にする政治家とかですよね。しかし我が子を汚れ役にするとは。
コウメイのおとど=源高明も登場
I:さて、劇中では往来で散楽という「芸能」を見学に行く三郎の姿が描かれました。散楽とはざっくりいうと能楽だったり歌舞伎だったり古典芸能の源流ということになるのでしょうか。
A:ざっくりすぎますが、奈良時代に大陸から伝来したもののようですね。劇中で仮面をかぶって登場した「コウメイのおとど」とは醍醐天皇の皇子から源姓を与えられ、左大臣として藤原一族のライバルとなっていた源高明のことだと思われます。
I:あったかどうかもわからない謀反を密告されたという安和の変で失脚した貴族ですね。劇中の時代のちょっと前の出来事。藤原一族の陰謀だったといわれる事件をこんな形でさりげなく触れてくるとは……。
A:なんだかわくわくする場面でした。白塗りの役者がいましたが、まったく脈絡もなく1991年の『太平記』で猿楽一座の一員として登場したブレイク前の豊川悦司さんの白塗り姿を思い出してしまいました(笑)。
I:さて、そうした中で、まひろの母ちやは(演・国仲涼子)が藤原道兼に刺殺されるという展開になってきました。
「道兼がまひろの母を殺害」設定
A:まひろの母を藤原道兼が殺害する場面を見て、瞬間、「大博打を打ってきた」と感じました。
I:道兼が三郎に暴力をふるうなど粗暴な人物であることを印象づけるシーンが続きましたが、私は後年の陰謀劇への伏線なのかなくらいに思って見ていましたが、まさかの展開になりました。大博打といえばそうなのかもしれませんが、単純にドラマの展開として考えればスリリングで、がっちり心を掴まれた感じはしました。Aさんが感じているのは、創作が過ぎるということですよね。
A:いえ、そんなことはありません。当欄では「大河ドラマは壮大なるエンターテインメント」であると再三言及しています。この設定を今後、どう展開していくのか楽しみたいと思っています。ただ、大河ドラマファンの中には史実にこだわる方も一定数おられるので、大博打だと感じたわけです。
I:なるほど。
A:『光る君へ』は宮廷内の描写も多いということで韓国や中国の宮廷ドラマと比較する向きもありますが、そこにはくぎを刺したいと思います。すでに周知のことですが、韓国や中国の宮廷ドラマはまるっきり史実無視の描写が多いことで知られています。昭和38年から始まり、『光る君へ』で63作めを数える大河ドラマと同列に語ってほしくはありません。むろん『光る君へ』制作陣は、その矜持を以て制作にあたっていますから心配はしていませんが……。
I:なるほど。
A:第1回を見て強く感じたのは、平安中期の歴史に触れるとその後の時代のこと、その前の時代のこととのつながりへの関心が高まるということです。
I:そういう意味では子供たちに関心もって見てもらいたい作品になりそうですね。
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。「藤原一族の陰謀史」などが収録された『ビジュアル版 逆説の日本史2 古代編 下』などを編集。古代史大河ドラマを渇望する立場から『光る君へ』に伴走する。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2024年2月号の紫式部特集の取材・執筆も担当。お菓子の歴史にも詳しい。『光る君へ』の題字を手掛けている根本知さんの仮名文字教室に通っている。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり