文/柿川鮎子
東京都心に野鳥が次々と進出している。銀座4丁目のビルの上にはイソヒヨドリが鳴き、六本木ヒルズの54階の窓枠にハヤブサが観察された。品川区立の小学校では、小型の猛禽類・ツミの繁殖が確認されている。都心部でも実に多くの野鳥を観察することができる。
こうした都会に暮らす鳥を「都市鳥」と名付けて、長年調査・研究を行ってきたのが、都市鳥研究会である。研究会元代表の唐沢孝一氏が都市鳥の研究成果をまとめた本、『都会の鳥の生態学 カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽の栄枯盛衰』(https://www.chuko.co.jp/shinsho/2023/06/102759.html 中公新書刊)が話題になっている。
自然が少ないといわれる都会で、知恵と工夫を凝らしてしたたかに生きる鳥たちの健気な姿。鳥たちが私たちに教えてくれる大切ものは何か、唐沢先生に聞いてみた。
野鳥は都心では生息できないと考えられていた
――現在、唐沢先生は都市鳥研究会顧問であると同時に、NPO法人自然観察大学学長として野鳥だけでなく昆虫、植物などの生態を研究し、観察会などを行っています。最初に先生が都市に住む野鳥に興味を持ったきっかけについて教えてください。
唐沢先生 1970年代、私は東京下町の錦糸町駅近くの都立高校の生物教師でした。当時は都市公害が著しく、野鳥は都心には生息できないと考えられていました。
ところが、学校内のわずかな樹木に、山野の鳥であるヒヨドリやキジバトが進出し、繁殖を始めました。なぜ都会で繁殖するようになったのか、その理由を知りたいと思いました。
――新刊書「都会の鳥の生態学」では、鳥たちの知恵と優れた適応力に驚かされますが、今回は新しく都会に進出しつつあるパイオニアバードとして、コアジサシとコチドリが紹介されています。この二種に目を付けた理由と、今後、この二種がどのように都会に適応していくと予想されていますか?
唐沢先生 コアジサシやコチドリは、もともとは洪水などで荒らされた河川敷などで繁殖する習性があります。都会では、毎日、どこかでビルの建設や解体がおこなわれています。「工事現場」に一時的に現れた土地(裸地)は、コアジサシやコチドリにとっては荒らされた河川敷にそっくり。絶好の営巣地です。
しかし、それも工事が終了するまでのほんの一時です。翌年には、また別の工事現場を探して子育てをせねばなりません。「さすらいの鳥」であり、その生態に興味を持ちました。
今後は、ビルの屋上緑地が進み、裸地などが現れるとあちこちで子育てをするかもしれません。
ビルの屋上で飼育されたミツバチが野鳥に好影響
――先生の著書『カラスはどれほど賢いか』(https://www.chuko.co.jp/shinsho/1988/05/100877.html)では都市に君臨する王者の勢いを見せたカラスですが、コロナ禍により一転して数を減らしてしまいました。鳥たちの姿は私たちの生活を映す鏡であると唐沢先生は新刊書に書いています。
唐沢先生 都市環境を利用して進出する鳥もいます。が、野鳥にとって都市は危険であり、生息を困難にしている場合もあります。車や電車との衝突事故がその一例です。
ジェットエンジンに鳥が吸い込まれるバードストライクでは、飛行機が墜落する大惨事になりかねません。
また、最近は、風力発電の風車への衝突事故、ビルのガラス面へと衝突事故も問題になっています。
――逆に都心部で野鳥への好影響が認められた事例とは?
唐沢先生 ビルの屋上の利用で興味深い事例がありました。一つは銀座の「紙パルプ会館」屋上でのミツバチの飼育です。ミツバチは日比谷公園や浜離宮に咲く花から蜜を集めてきますが、銀座で繁殖するツバメやイソヒヨドリにとっては高カロリーの食物です。
また、屋上緑化も、無農薬、自然発芽する植物を保護するなど、新しい方法が試みられています。そこに、ミツバチだけでなく、シジュウカラやヤモリなども住み着き、新しい都市生態系が生まれようとしています。
――適応力を高めて生き延びる鳥たちの姿から、私達は何を学べば良いのでしょうか?
唐沢先生 ツバメもスズメも、東京の都心部では激減しています。しかし、郊外の「道の駅」や高速道路の「SA」などの新天地で繁殖するようになりました。こうした鳥たちの生き方は、目ざましく変化する時代に生きる我々のお手本のようにも見えます。
都会の鳥が人の活動とどう関わっているのかに注目して観察
――唐沢先生には以前「達人が教える『野鳥観察がもっと楽しくなる』2つのポイント」(https://serai.jp/hobby/1034504)でも野鳥観察の楽しさを教えていただきました。都会にいながら野鳥を観察できる「都市鳥観察」をもっと楽しくするコツがあれば教えてください。
唐沢先生 都市鳥の生活は、人との関係で成り立っています。スズメが繁殖するためには建物の隙間が必要です。しかし、最近の建物には隙間があるでしょうか。
都心のハシブトガラスにとって、人の捨てる生ゴミの量や出し方がとても重要です。生ゴミをカラスが食い散らかさないためにどんな努力をしているでしょうか。
あるいは、ツバメが子育てをするには人の助けが必要ですが、人はツバメの繁殖のためにどんなことをしているでしょうか。
都会の鳥が人の活動とどう関わっているのかに注目して観察してみてはどうでしょうか。「都市鳥を観察すること」は、結局は「都会人を観察すること」かもしれません。
――ありがとうございました。
唐沢先生のブログ「カラサワールド」では、フィールドエッセイとして、鳥や植物など自然に関するエッセーがアップされている。新刊書をもっと深く読むためにもぜひ、参考にしてみてはいかがだろうか。
インタビュー 唐沢孝一先生
1943年群馬県生まれ。東京教育大学(現・筑波大学)理学部卒業。都立高校などの生物教師をへて、現在は執筆や講演、自然観察など多方面にわたって活動している。都市鳥研究会顧問、NPO法人自然観察大学学長。シジュウカラの研究で文部大臣奨励賞、モズの生態研究で日本鳥学会奨学賞。2003年市川市民文化賞(スウェーデン賞)を受賞。都市鳥に関する著作多数。
リンク:「カラサワールド」(http://www.zkk.ne.jp/~karasawa/u-bird.html)
文/柿川鮎子 明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。