“台所は薬局”という養生学が専門の大学教授。朝の“食養生”は手間をかけない献立で、これが教授の健康を支える。
【謝心範さんの定番・朝めし自慢】
日本人の死因の上位を占める癌や心臓病、脳卒中は、“生活習慣病”と呼ばれる。食事や運動、休養、喫煙、飲酒などの生活習慣が、その発症の大きな要因となるからである。言い換えれば、ライフスタイルを改善することで健康が保たれるというわけだ。
この生活習慣病の考え方と、中国四千年の歴史が育んできた養生学は、時代を超えて全く同じ発想のもとに成り立っていると、養生学が専門の大学教授・謝心範(しゃしんはん)さんは次のように語る。
「私は漢方や気功から養生学を会得したのですが、養生学は健康維持や健康増進を目的とした実践的学問で、その基本概念に“未病”があります」
未病とは中国最古の医学書とされる『黄帝内経』に初めて見られる言葉で病気に向かう状態のこと。この段階で適切な手段を講じれば、発病に至ることはない。この健康法が養生学の理念だという。
1953年、上海に生まれた。14歳の時から家伝により中医思想、経絡、漢方を学び、その知識で自身の健康を維持してきた。
密教に興味があり、気功の修行も含めてチベットに渡ったのは、来日後の30歳代からだ。チベット医学を体得し、気功の第一人者として、かつては日本の官公庁や有力企業で指導を行なってもいた。
食べて健康になる“食養生”
「私はよく“台所は薬局”といいますが、どんな家庭の台所にも常備されているにんにく、生姜、葱、味噌、酒などだけでも200種類以上の病気に対処できるのです。すべてある意味で“薬膳”といえるでしょう」
さて、謝さんの朝食である。そのポイントは次の5つ。まずヨーグルトや味噌などの発酵食品。第2に卵やヨーグルト、豆乳、きな粉などのたんぱく質。第3にトマトジュースや林檎 、バナナなどのビタミン類。第4に主食は食パンよりは添加物の少ないナン。第5に焼き海苔やきな粉、胡麻などに含まれる微量元素にも心を配ること。微量元素とは鉄、亜鉛、ヨウ素などのごく少量にしか存在しないミネラルのことだ。
これらを充たすのが、手間をかけない写真の献立。食べて元気になる朝の“食養生”である。
養生文化の土台がある日本で、若き養生文化研究者を育てたい
漢方による生活習慣病の養生指導をしていた時、ひとりの男性に出会う。それが武蔵野学院大学副学長(現・名誉学長)の大久保治男さん。8年ほど前のことである。
「大久保先生は“養生文化の研究を学問的に深め、普及するのが君の使命と任務だ”と熱弁され、私はそれに取り組むことにしましたが、何から手を付けていいかわからない。悩んでいた時に出会ったのが、酒井シヅ先生でした」
順天堂大学名誉教授で前日本医史学会理事長の酒井シヅさんは、日本を代表する医史学者。酒井さんの助言で、貝原益軒の『養生訓』を研究テーマに選ぶ。古典を読み解くこと700冊以上。中国中医研究の友人らの力も借りて論文が完成。これを機に「日本と中国の養生文化の流れ」と題して、武蔵野学院大学・同大学院で教鞭を執ることにもなった。
「中国で発祥した養生文化は日本に伝わり、日本の文化伝統にもなりました。大学での私の講義を通して、若き日本人の養生文化研究者が出てきてくれると嬉しい」
養生文化研究の後進を育てるのが、使命である。
※この記事は『サライ』本誌2022年11月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。 ( 取材・文/出井邦子 撮影/馬場 隆 )