文/池上信次
前回(https://serai.jp/hobby/1064335)、スティーヴィー・ワンダー「発祥」のジャズ・スタンダード「アイ・キャント・ヘルプ・イット」を紹介しましたが、スティーヴィーの楽曲はほかにも多くがジャズ・スタンダードになっています。今回はその出典(ネタ元ですね)について。スティーヴィー・ワンダーは1962年のファースト・アルバム『ジャズ・ソウル〜スティーヴィー・ワンダー・ファースト・アルバム』に始まって、これまでに20枚以上のオリジナル・アルバムをリリースしています。その中でジャズ・ミュージシャンがもっとも「ネタ」にしたアルバムは、『キー・オブ・ライフ(Songs in the Key of Life)』でしょう。
このアルバムは1976年に発表されましたが、当時異例のLP2枚とEP1枚のセットで発売されました。収録曲数は全部で21曲にも及びます。スティーヴィーの創造力はLP2枚では収まりきらなかったのですね。このヴォリュームでありながら、アルバム・チャートは初登場第1位の大ヒット、現在でもスティーヴィーの最高傑作の呼び声が高い一作です。
ジャズ・ミュージシャンがこのアルバムの収録曲を取り上げた録音をリストアップしました。発表年にも注目してください。発表直後から近年まであり、完成度の高いこれらの曲は現在もその魅力を失うことなく、多くがジャズ・スタンダードとして演奏され続けているというわけです。
『キー・オブ・ライフ』からのジャズ・カヴァー
「可愛いアイシャ(Isn’t She Lovely)」
ソニー・ロリンズ『イージー・リヴィング』(マイルストーン/1977年)
リー・リトナー『キャプテン・フィンガーズ』(エピック/1977年)
ヴィクター・フェルドマン『ジ・アートフル・ドジャー』(コンコード/1977年)
ミルト・ジャクソン&モンティ・アレキサンダー・トリオ『ソウル・フュージョン』(パブロ/1978年)
アート・ペッパー『ゴーイン・ホーム』(ファンタジー/1982年)
ジャッキー・テラソン『スマイル』(ブルーノート/2002年)
デヴィッド・サンボーン『タイムアゲイン』(ヴァーヴ/2003年)
「永遠の誓い(As)」
ジーン・ハリス『トーン・タントラム』(ブルーノート/1977年)
ブルー・ミッチェル『アフリカン・ヴァイオレット』(インパルス/1977年)
スタッフ『スタッフ』(ワーナーブラザーズ/1977年)
ダイアン・シューア『シューア・ファイア』(コンコード・ピカンテ/2005年)
ベッカ・スティーヴンス『レジーナ』(グラウンドアップ/2017年)
「アナザー・スター(Another Star)」
ジョー・ファレル『ナイト・ダンシング』(ワーナーブラザーズ/1978年)
シダー・ウォルトン『アニメーション』(コロンビア/1978年)
ハービー・マン『メロウ』(アトランティック/1981年)
シダー・ウォルトン・トリオ『ザ・トリオ 3』(レッド/1985年)
ジーン・ハリス・カルテット『ブラック・アンド・ブルー』(コンコード/1991年)
「今はひとりぼっち(Summer Soft)」
ブルー・ミッチェル『サマー・ソフト』(インパルス/1978年)
ジャッキー・パリス『ジャッキー・パリス』(オーディオファイル/1981年)
クリスチャン・マクブライド『ア・ファミリー・アフェア』(ヴァーヴ/1998年)
「愛するデューク(Sir Duke )」
ネイサン・イースト『ネイサン・イースト』(ヤマハ/2014年)
アヴィシャイ・コーエン(tp)&ヨナタン・アヴィシャイ『プレイング・ザ・ルーム』(ECM/2019年)
「回想(I Wish)」
アービー・グリーン『セニョール・ブルース』(CTI/1977年)
タック&パティ(タック・アンドレス・ソロ・ギター)『ドリーム』(ウィンダムヒル・ジャズ/1991年)
「歌を唄えば(Ngiculela – Es Una Historia – I Am Singing)」
ガトー・バルビエリ『ルビー・ルビー』(A&M/1977年)
ラリー・コリエル『スケッチズ・オブ・コリエル』(シャナキー/1996年)
「楽園の彼方へ(Pastime Paradise)」
チック・コリア『ポートレイツ』(コンコード/2014年)
チック・コリア『トリロジー2』(コンコード/2019年)
「神とお話し(Have a Talk with God)」
ソニー・クリス『ザ・ジョイ・オブ・サックス』(インパルス/1977年)
※楽曲名は日本盤アルバムの日本語題名。( )は原題。年は発表年。ここには『スティーヴィー・ワンダー曲集』アルバムは含めていません。
ここではアルバム収録21曲のうち9曲を挙げました。もちろんこれがすべてではありません(聴いてみて面白いと思ったものを選んでいます)。「歌を唄えば」「神とお話し」といった(アルバムの中では比較的)地味な曲にも目が向けられていることがわかります。ポップスのアルバムで、1作からこれほどジャズ・ヴァージョンが生まれているアルバムは、このほかにはないでしょう。これだけでもスティーヴィーの曲にいかに魅力があるかを表していますね。とはいえ、曲によって大きく差があり、そこには「楽曲作品」と「ジャズの素材」としての見方の違いが表れていると思います。名曲鑑賞と、それをジャズで演奏することはまた別の話、ということです。ジャズ・ファンならこれらの演奏とともに、ぜひスティーヴィー・ワンダーの『キー・オブ・ライフ』も聴いてみてください。「作品」と「素材」の違いが見えると、ジャズがますます面白くなってくると思います。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。