文・写真/さいとうかずみ(海外書き人クラブ/インド 在住ライター)

南インドのIT拠点であるベンガルール。都市計画に基づいて整備された緑豊かな街並み。

南インドのIT拠点であるベンガルール。都市計画に基づいて整備された緑豊かな街並み。

「おはよう、私の可愛いモンスターたち!」担任の先生が挨拶すると、「ハーイ、ミス(Ms、女性の敬称)!」と子供たちが次々に返していく。先生は、毎朝子供たちの名前を呼びながら、コンディションを確認する。中には、報告したいことが沢山ありすぎて話の止まらない子もいるが、朝のウォーミングアップは和やかな雰囲気で過ぎていく。いつもと変わりない朝のホームルームのようであるが、これらのやり取りは全てパソコンのモニター越しに行われている。いわゆるweb授業である。

web授業中の子供の様子。パソコンのモニター越しに友達や先生とライブで会話ができる。

web授業中の子供の様子。パソコンのモニター越しに友達や先生とライブで会話ができる。

ここは、南インドのベンガルール(旧名、バンガロール)。
中国発祥の新型コロナウイルスの感染が世界のあちこちで蔓延する中、つい2月の終わり頃までは、国外での騒ぎといった雰囲気があった。マスクをつけた人を見ることもなく、商業施設、飲食店も普通に営業していた。しかし、それが実生活にリアルとして影響を及ぼし始めたのは、3月に入って全ての学校が休校になった時からだ。

ロックダウン直前まで、街はいつものように活気にあふれていた。

ロックダウン直前まで、街はいつものように活気にあふれていた。

ベンガルール政府の決断が公式に発表されたのは、3月8日の日曜日の夜遅く。内容は、小学校5年生以下の子供は、政府が許可を出すまで学校およびプレスクールに通ってはならないと言うもので、ベンガルールが所属するカルナタカ州において、最初の公的なコロナ対策の決断となった。

翌日9日、政府管轄の学校は全て休校となったが、私立の学校は、突然の決定に対応しきれず、休校の連絡が遅れ、子供が通学してしまうなどの混乱があった。しかし、猶予なき決定事項というのは、インドにはよくあることで、騒動も不満も飲み込んでの休校が始まった。

休校しているカルナタカ州政府の運営する公立学校。バリケードで封鎖されていて、近づけない。

休校しているカルナタカ州政府の運営する公立学校。バリケードで封鎖されていて、近づけない。

ここでインドの学校制度について、ざっくりと説明しておく。インドは国や州といった政府の運営する公立学校と法人が経営する私立学校がある。日本との大きな違いは、公立の学校に通うのは、学費を負担できない貧しい家庭の子供たちである点であり、一般的な家庭の子供は私立学校に通っている。どちらの学校も子供たちの多くは6歳になる年に1年生となり、小学部は5年生で終わる。州の政府がまず休校を決めたのは、小学部以下の子供を対象にしていて、冒頭のweb授業は、そのうちの私立学校の様子だ。

市内にある私立学校。校舎、講堂、体育館などのスポーツ施設など設備が整っている。

市内にある私立学校。校舎、講堂、体育館、スポーツ施設などの設備が整っている。

私立とはいえ、休校に入ってすぐにweb学習が始まったわけではない。ベンガルールでは、多くの学校が7月末から新学期を迎える。そのため、学期の途中で止まったままの学習を遠隔でどう進めるかといった課題は山積みであった。我が子が通う私立学校の場合、web授業の試験的導入が開始されるまでに2週間かかった。時期を同じくして、他校でもweb学習やライブミーティングが始まり、3月中には多くの私立学校で何かしらの遠隔学習が始まった。

実のところ、インドではweb学習自体が浸透している。大学の通信講座やスキルアップのための資格取得コースなどに積極的に利用されており、インド政府自ら、都市部から離れた農村部でも一定水準の教育を受けることが可能になるとしてweb学習を推進してきた。KPMG社の報告によると、2021年には2016年の6倍に当たる960万人がweb学習を利用すると予想されている。コロナウイルス感染が拡大し、ロックダウンが継続すれば、その数字を上回ることは間違いない。このように、インドにはweb学習のノウハウが十分にあったため、学校も迅速な導入が可能だったのだろう。

さて、くだんのweb学習であるが、学習には二つのシステムを使う。パソコン画面でライブ授業に参加するものと、教育システムにログインして、オンラインで課題を行うものだ。子供たちは、毎日、二つのシステムをチェックして、時間割に合わせて学習を進める。例えば、2年生の場合、ライブ授業は、毎朝8時からのホームルーム、続いて40分の授業が1コマ、午後2時半から質疑応答の時間と決まっている。授業は、クラスを二つにグループ分けして、同じ内容で2回行われる。曜日ごとに科目が変わり、先生が教える内容は別システムに掲載される課題に沿っている。授業の後、自主学習でわからない点があれば、午後の質問の授業に参加して確認するという流れだ。

web学習には、子供一人ひとりにパソコン、タブレット等が必要になる。

web学習には、子供一人ひとりにパソコン、タブレット等が必要になる。

教育システム上には、学校で学ぶ全ての科目が揃う。英語、算数、社会、科学、パソコン、アート、そして体育の変わりに動画を見ながらヨガをすることも。システムは、使い方を一通り教えれば、子供でも扱える簡単なものだが、鉛筆の代わりにノート、線画、カメラ、ビデオといった機能を使いわけて、画面上で回答するのはなかなか大変だ。ただ、パソコンを自由に使えるのは、子供にとっては楽しい時間なのだろう。自主性が高まり、画面に向かって一日があっという間に終わっていく感じだ。

算数の課題の一つ、立体図形作り。パソコンから離れて取り組む時間も大切だろう。

算数の課題の一つ、立体図形作り。パソコンから離れて取り組む時間も大切だろう。

しかし、実際に子供だけで時間割に沿って学習を進めるのは難しい。ライブミーティングや動画を見るなど楽しく進められる課題以外の作文やリサーチなどは遅々として終わらないため、親が介入し時間管理をして、時に勉強の手助けをしなければならない。学校側は、他人を頼らない自己学習を求めているが、低学年の子供などには不可能だ。小学生の家庭におけるweb学習には、親などサポートできる人が必要だ。

休校決定前日の誕生会。その後、クラスメイトに会えなくなるなど誰も予想できなかった。

休校決定前日の誕生会。その後、クラスメイトに会えなくなるなど誰も予想できなかった。

大勢の子供たちで賑わっていた公園。休校、そしてロックダウンと1ヶ月足らずですっかり生活が変わってしまった。

大勢の子供たちで賑わっていた公園。休校、そしてロックダウンと1か月足らずですっかり生活が変わってしまった。

インドは3月25日より国をあげてロックダウンに入り、現在も期間を延長している。家から出られず、制限の多い毎日に人々は疲労感をつのらせている。学習の遅れが危ぶまれ、また、外へ出て自由に遊べないことでストレスを抱える子供たちが多い中、web学習があることで、学ぶことへの関心を持ち続けられ、先生や友達とのつながりを感じることができる。先行きの見えない不安な生活の中で、学校側の取り組みに期待するところは大きい。

文・写真/さいとうかずみ
2007年インドのニューデリーに移住し、本格的にライターとしての仕事を始める。インドの教育、社会、子育て、環境、政治、ITなどについて様々な媒体に寄稿。2017年より2年間インドネシアに住むが、再びインドに戻り、 現在はベンガルール在住。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。

 

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