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文・写真/内野三菜子

フランドル地方では世界遺産にも登録されている、と前の記事ヨーロッパの街にひびく鐘の旋律!知られざる超巨大楽器「カリヨン」とは?)で紹介した「カリヨン」であるが、実はヨーロッパだけでなく世界各地にカリヨンはある。日本にもある。

とはいえ、街ごとにカリヨンが設置された背景も異なれば、鍵盤数=鐘の数も、チューニングも様々で、楽器ごとに鍵盤を叩いて鳴らす時の感触も違う。極論すれば共通項は「音階を成して鐘が並んでいる」ことと、「ワイヤーで接続された鐘を手元の鍵盤で鳴らす」ことだけで、一つとして同じ楽器は無い。

従って、カリヨン奏者はある程度のトレーニングを受けて演奏ができるようになると、色々なカリヨンを経験して演奏して歩くことが、大切な技術研鑽の手段となる。

そこで今回は、これまで私が演奏で訪問した世界各地のカリヨンの中から、代表的なものをいくつか紹介したい。

■1:聖ロンバウツ大聖堂(ベルギー、メッヒェレン)

メッヒェレン 聖ロンバウツ大聖堂

メッヒェレン 聖ロンバウツ大聖堂

王立カリヨン学校が設立されたベルギーのメッヒェレンは、カリヨン奏者にとっての中心地でもある。ここにあるのが聖ロンバウツ大聖堂で、旧市庁舎の建物とともに世界遺産に指定されている。

大聖堂自体は1500年頃に設立され、内部には18世紀に設置された鐘と、20世紀に新しく設置された鐘の2組のカリヨンが置かれている。

階上に鐘を上げるための穴からパイプオルガンが見下ろせる。

たった20年ほどではあるが、ブルゴーニュ公国の首都であった時期もあるこの街は、アントワープとブリュッセルのちょうど中間点に位置している。アントワープから鉄道で移動してくると、向かって左側に大きな鐘楼を確認することができる。

大聖堂前の広場にはオープンエアの飲食店も並び、賑わっている。

■2:聖グマルス教会(ベルギー、リール)

ユーロスターの停車駅があるフランスのリールではなく、サッカー元日本代表の川島選手が所属していたチームのあるベルギーの街リール。ここにある「 聖グマルス教会」にもカリヨンがある。

塔は2010年に改修が終わり、伝統ある楽器に快適な演奏室が備えられた。この塔内に設置されている時計部分は、13世紀頃にオランダ・マーストリヒトから購入したものであることが、ごく最近の資料照合で判明。その当時の都市交流の様子を知る手がかりにもなったという。

鐘楼部分の梁は木であるが、これは再建時に、中世のお城の復元時に用いられる木材と同じものを、チェコからわざわざ取り寄せたものだという。

■3:ドムタワー(オランダ、ユトレヒト)

ユトレヒト・ドムタワー

ユトレヒトのドムタワー

「うさこちゃん」で親しまれる絵本の作者、ディック・ブルーナ氏が活動拠点を置いていたユトレヒトのドム教会には、オランダで最も高いカリヨン塔「ドムタワー」がある。街中ではこのドムタワーより高い建物を建ててはいけないという決まりがあるそうだ。

112メートルの高さは伊達ではない。演奏室は中腹にあるが、心拍数を上げないように非常にゆっくりの速度で登って15分。ガラスで囲われた演奏室からの眺めはちょっとした役得だ。一般向けのガイド付きツアーは演奏室の下まで案内されるので、健脚に自信のある向きには是非体験してもらいたい。

第二次世界大戦中には武器への金属供出の対象にここの鐘も狙われたとのことだが、街の人々が隠し通したのだと聞く。ちなみに上野公園にある「ボードワン博士」像のアントニウス・ボードワン博士は、ユトレヒト医学校の出身である。

■4:西教会・南教会・旧教会(オランダ、アムステルダム)

アムステルダム旧教会

アムステルダム旧教会

アムステルダムには、西教会、南教会、旧教会の3カ所にそれぞれカリヨンがある。いずれも歴史ある教会で一見の価値ある教会だ。

日本人がガイドブックを見て尋ねるのに一番行きやすいのはおそらく西教会だろう。アンネ・フランクの家の隣に位置し、真下をトラムが走り、アクセスも良い。比較的最近リノベーションされているため、演奏者としては3つの中で最も演奏しやすい楽器である。

南教会のカリヨンは通常短い足鍵盤のところがオルガンのように長い足鍵盤で構成され、非常に演奏しづらい楽器であるが、いずれも素晴らしい音色である。古い時期の建設のため、中全音律に調律されているので、現代の調律になれた耳には少し耳ざわりに聞こえることもあるかもしれない。

旧教会は楽器自体は新しくはないが古すぎもせず、比較的演奏しやすい楽器であるが、「飾り窓地区」ど真ん中にあるため、冬季に演奏を終えると怪しいネオンの真っただ中に塔から降りてくることになり、どぎまぎしながら鍵を閉めて出てくることになる。

アムステルダム西教会

アムステルダム西教会

いずれの教会も、手動での演奏以外でも自動演奏装置によって鐘の音を聞くことができるが、奏者による手動での演奏の場合には運河の街オランダらしく、カリヨン演奏時にどこからともなくボートに乗ったトランペット吹きがやってきて、カリヨンの鐘の音と掛け合いをする光景が見られることもある。

生演奏のスケジュールは季節によって(奏者の都合によって)変わるので直前の情報を下記のウェブサイトでチェックすることをお勧めする。
http://freeamsterdam.nl/news/amsterdam/free-stuff-to-do/carillon-concerts.html

■5:カタルーニャ州自治政府庁舎(スペイン、バルセロナ)

カリヨンがあるのは主にフランドル地方が中心で、南欧には珍しいが、ここバルセロナのカタルーニャ州自治政府庁舎には美しく可愛らしい音色のカリヨンが設置されている。

専属のカリヨン奏者がおり、夏の時期には建物内部の回廊を開放してのコンサートが行われることもあるが、目の前のゴシック広場で聞くことが可能だ。スケジュールはカタロニア政府総督府のウェブサイトで確認できる(下記、ただし英語表記)。
http://www.catalangovernment.eu/pres_gov/AppJava/government/president/palau-generalitat/index.html#carillo

■6:トロント大学ソルジャーズ・タワー(カナダ、トロント)

トロント大学

トロント大学

カナダのトロント大学の学生会館に接する、第一次世界大戦で戦死した学生への慰霊塔に設置されているためにこの名前となっている。塔の階下には出征した学生の記念館もある。1927年に作られた当初は23個だった鐘はその後追加され、現在は51個の鐘を有する。

クラブ活動としてのカリヨン演奏活動は、2009年に筆者が大学院へ入学した年に開始された(筆者は部員第1号である)。6月に行われる卒業式シーズンはほぼ3週間毎日に渡って演奏が行われる他、11月の戦勝記念日式典などでもリサイタルが開催されている。授業期間でも試験期間以外は朝8時45分ごろから9時の授業開始まで部員による演奏枠があり、真隣の学生寮に住む友人から時々恨み節を聞かされながらも、部員にとっては「実際の楽器」で演奏できる貴重な機会として、部員たちに日替わりで運用されている。

■7:国会議事堂ピースタワー(カナダ、オタワ)

オタワ国会議事堂

オタワ国会議事堂

1927年、カナダ建国60周年を記念して建てられた首都オタワの国会議事堂には、カナダで最も大きなカリヨンがある。最重量は10tから最軽量4.5kgまで、合計53の鐘が議事堂の中心部の塔(ピースタワー)内部に設置されている。

毎日12時からカナダ連邦専属の奏者による演奏がある。国会議事堂内部は議場や図書館の見学ガイドツアーもあり、特にイギリス式の議場と内部の壮麗な図書館は必見である。

■8:シカゴ大学ロックフェラー教会(アメリカ、シカゴ)

シカゴ大学ロックフェラー教会

シカゴ大学ロックフェラー教会

全米屈指のビジネススクールの向かい、そして有名なフランク・ロイド・ライトのロビーハウスのはす向かいにあるロックフェラー教会には、72個のベルを有するカリヨンが設置されている。

1930年に設立されたカリヨンは、ロックフェラーの名にふさわしい重厚さを誇る。日曜の午後には塔を登って演奏室まで案内するツアーも行われている。

■9:カリフォルニア大学バークレー校サザー・タワー(アメリカ、バークレー)

アメリカ大陸西海岸ではこのカリヨンを挙げたい。名門カリフォルニア州立バークレー校のキャンパス、ベイエリアを望む丘の中腹に建てられている。

UCバークレーの音楽学部としても演奏を習うことができるが、それ以外にも学生によるクラブ活動としてのカリヨンの演奏活動も活発である。主にクラブ活動の部員を中心に、平日朝昼夕、土曜は昼と夕方、日曜は午後2時頃から、カリヨン演奏が提供されている。

一般に、鐘が大きく重いものになればなるほどバトンを押すのも重く、反応も遅くなり、逆に高音域の軽く小さい鐘はバトンも軽く、反応も早い。カリヨン奏者はこの反応の違いを微調整しながら演奏するが、ここUCバークレーの鐘は鍵盤の調整がとても良く、音域によるバトンの押し加減の差が極めて少ない部類の楽器である。演奏室へもエレベーターで到着でき、演奏者にとって優しい塔の一つである。

■10:フランドルの鐘(伊丹市)

JR伊丹駅の西口には、ベルギー・ハッセルト市と姉妹都市である伊丹市に送られた、手動で演奏できる「本物の」カリヨンがある。公共の場で聞くことができる日本唯一の楽器として貴重なものであるが、長らくその音色は途絶えていた。

近年では6月の国際カリヨンの日、8月の終戦記念日、11月の鐘の贈呈記念日を中心に、少しずつ手動での演奏が聞かれる機会も増えている。日本にいながら貴重な生演奏を耳にできる機会は、伊丹市・国際交流課のホームページで確認できる。

日本国内にも「カリヨン」の名を冠する鐘やそれに類する建造物・楽器は多く見られるが、ここでは「世界カリヨン会議」の定義する「23鍵盤/鐘以上」「木製のバトンを手動で演奏」「独立した演奏室」の条件を満たすカリヨンだけを紹介した。

*  *  *

以上、世界各地の著名なカリヨンをご紹介した。

今回はスペースの都合で紹介できなかったが、世界遺産として登録されているカリヨンはもちろん、それ以外にも素晴らしい楽器はたくさんある。学園都市リューベン、小説でも有名なブルージュ、絵画「神秘の子羊」で有名なゲント、ベルギー南部の中心地ナミュール、もう一つのカリヨン学校のあるオランダ・アマースフォート、チーズの街ゴーダ、ドイツ・フランクフルト、アメリカもイェール大学、フロリダ大学、ミシガン大学、カリフォルニア州立サンタバーバラ校、日本国内では長崎・ハウステンボス内にも、その条件を満たす楽器がある。

機会があればぜひ本物のカリヨンの音を聞いてもらいたい。その際には、塔の直下よりは、塔の高さと大体同じくらいの距離を離れて聞く事をお勧めする。さらに塔の前の広場でベルギービールでも飲みながら聴くことができれば最高である。

カリヨンの個性豊かな鐘の響きを求めて、各地を旅してみるのはいかがだろうか。

文・写真/内野三菜子
東京女子医大卒業後、国内で放射線腫瘍医として研鑽、トロント大学病院で日本人初の臨床フェローとして勤務すると同時にカリヨンに出会い、帰国後も演奏家と臨床医の道を継続。近著「身近な人ががんになったときに役立つ知識」(ダイヤモンド社)

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