夕刊サライは本誌では読めないプレミアムエッセイを、月~金の毎夕17:00に更新しています。木曜日は「旅行」をテーマに、パラダイス山元さんが執筆します。
文/パラダイス山元(ミュージシャン・エッセイスト)
お盆に、お墓参りには行かれましたか?
私には、どうしてもお墓参りに行かなくてはいけない恩人がおりました。その方のお墓は、はるか遠くのメキシコにあります。当時(1989年9月)、訃報を伝えたニュース映像では、大勢の仲間たちがフリフリ袖のステージ衣裳に身を包み、トランペットやサックスを手に、陽気なマンボを延々リフレインしながら棺の周りを取り囲み、世界的な偉業をたたえるには、これ以上ないというほど賑やかな埋葬風景でした。
そのお墓参りに、なんとしても「行かねばの娘」(当コラム2回目の登場ですが、ボサノバの名曲「イパネマの娘」ご存じですよね?)。
本当にお世話になったんです。
私の商売ボイスともいえる「アーーーッ、うっ!」、あのマンボの掛け声を伝授してくれた方なのですから。
その人物の名は、ペレス・プラード氏(享年72歳)。世界で大ヒットした「マンボNo.5」をはじめ、ロカンボ、デンゲなど、数々の新リズムを生み出した、キューバ生まれの音楽家、バンドリーダーです。
ペレス・プラード氏のお墓参りを思い立ったのは、ANAが2017年2月に成田からメキシコシティへの直行便を就航させるというプレスリリースを目にしたのがきっかけでした。
どうせなら、ついでなら、という理由づけがないと、目的地に到着するなり、またその折り返し便に乗ってすぐに帰ってくる「タッチ」のクセがついてしまっているので、なかなか現地で何をしようかとか思いつかないのです。
エコノミークラスではありましたが、成田→メキシコシティ14時間のフライトでは、2度の機内食のほか、お菓子やアイスクリームなども配られ、さらにギャレーでもおやつを用意してくれています。延々と食べ飲み続けているせいもあって、お腹はパンパンです。これだけ配られたら充分でしょう。
↓メキシコシティ空港着陸寸前に、驚きの光景が! なんと飛行機の墓場を発見。
ペレス・プラード氏のお墓参りもですが、こちらにも行きたくなってしまいました。
↓ANAの初就航便がメキシコシティ空港に到着すると、美女がマリアッチ(メキシコ音楽を演奏する楽団)の生演奏とともに歓迎してくれました。
ホテルに到着するなり、ペレス・プラード氏のお墓がある墓地へ行こうと、支度を始めました。生前、お世話になった思い出の品や、私のデビュー作・東京パノラママンボボーイズ「マンボ天国」のほか、パラダイス山元と東京ラテンムードデラックス「ぎゅっと!ぎゅっと!抱きしめて!!」、東京パノラマラウンジ「マンボ DE クリスマス」、そしてテキーラ1本携えて、墓前に供えて、自分の半生を恩人に報告したいと思っていました。
ホテルのフロントマンに、お墓参りに行くので、タクシーを1台呼んでほしいと頼んだところ、
「1人なのか? それならやめたほうがいい。そこは危険だ」と。
かなり広い墓地の中央付近にお墓はあるらしく、タクシーから降りて、人けのない墓地の中を相当歩かなくてはいけないということを懇々と説明、説得されるうち、せっかくお墓参りをしに、わざわざ7000マイル(1万1265km)を14時間もかけて飛んできたけど、ここで命の危険にさらされるのは本末転倒と断念せざるを得ない状況に。
ホテルのレストランのメキシコ人ウエイターにも聞いてみたのですが
「あなたのようなふくよかな体型の日本人は、奴らにとってお金持ちにしか見えない。1人でお墓参りに行くなんて、わざわざ誘拐されに行くようなものだ」
とも。
ただ太っていることが、こんなにハンディに感じたのは人生初めてです。
ホテルの周辺に屋台などが連なっているところを見かけたので、とりあえず外へ繰り出します。
本場のタコス屋台は、豚の耳とホルモン系の臓物を手早く鉄板の上で炒めてトマトソースをかけ、とうもろこしの皮をいい感じに焼いたものに挟んでいただきます。あまりにも、ぶっきらぼうな調理なのですが、目の前であっという間に出来上がるスピード感にまず感動。食べて感動。あまりの安さに感動。今度生まれ変わるなら、メキシコ人もいいかもしれないと思いました。
↓本場のタコスは、たったの8ペソ(約45円)。
その日のホテルでの夕食はアラカルトチョイスでしたが、「今日のおすすめ」みたいな囲みにあったメニューを注文してみたところ、これぞ「ザ・ビフテキ」といった貫禄の肉の塊で、こちらも信じられないことに220ペソ(約1200円)で、トルティーヤつき。メキシコシティは標高高めですが、もう、ここは天国です。
↓その年最高の贅沢をしてしまって、なんだか胸が痛みます。
この時点で恩人の師匠のお墓参りの件は、すでに忘却の彼方へ。
↓メキシコシティの街中は、賑やかです。
↓歩行者は、マンボのリズムに乗って歩いているような。
ホテル正面の新聞スタンドの屋台に、なんだか日本語っぽい響きのお菓子がぶら下がっていましたので、片っ端から買い集めて食べてみました。
もともと観光地を訪れる予定もなかったので、滞在中はホテル内と、ホテル周辺半径100メートル限定、そして空港内のみしか歩いていないのですが、目に飛び込むあれこれの刺激が強すぎて、物価も極端に安いので、ついあれこれ買ってしまうことに。これで、ローカルな市場とかに行ってしまったら、復路のスーツケースに収まらなかったかと。
日本人のメキシコ人感って、サボテンの前でソンブレロ被ってギターかき鳴らす、ドン神谷さんの「パパはメキシコ人?」のようなイメージで止まっているかもしれませんが、メキシコ人の日本人感も同様に、昭和初期で止まっているっぽいです。
メキシコシティを訪れて、一番驚いたのは、「マルちゃん」はメキシコの主食だった!? ということ。日本人よりも間違いなく、マルちゃん食べてます。どこのコンビニでも、一番目につく陳列棚にドカンと並べられています。
スナック菓子、インスタントヌードル、ゴージャスなディナーと、ホテルに籠って「食べては寝る」の繰り返しでしたが、結局、最後の晩餐も、復路ビジネスクラスへアップグレードリクエストはしていましたが、満席でエコノミークラス確定だと思い、ホテルのレストランでゴージャスなグリルプレートにしました。
↓これで、133ペソ(約730円)。
空港に着くなり、事前リクエストどおりに、ダイヤモンドメンバー特典のWアップグレードポイント消化で、みごとにアップグレードされておりました。エコノミークラスで充分でしたのに……。
そういえば、滞在中、一度もマンボを耳にしなかったのが、残念といえば残念。わざわざはるばるメキシコへ行ったのに、まったく想定外のことになってしまって、それでも充分に満足して帰って来られたのは、マンボの王様ペレス・プラード氏のご加護があったからと信じたいです。
あっ、飛行機の墓場に行くのも完全に忘れていました……何やってんだか。
文/パラダイス山元(ぱらだいすやまもと)
昭和37年、北海道生まれ。1年間に1024回の搭乗記録をもつ飛行機エッセイスト、カーデザイナー、グリーンランド国際サンタクロース協会公認サンタクロース日本代表、招待制高級紳士餃子レストラン蔓餃苑のオーナー、東京パノラママンボボーイズで活躍するマンボミュージシャン。近著に「なぜデキる男とモテる女は飛行機に乗るのか?」(ダイヤモンド・ビッグ社)、「読む餃子」「パラダイス山元の飛行機の乗り方」(ともに新潮文庫刊)など。