夕刊サライは本誌では読めないプレミアムエッセイを、月~金の毎夕17:00に更新しています。木曜日は「旅行」をテーマに、パラダイス山元さんが執筆します。
文/パラダイス山元(ミュージシャン・エッセイスト)
東京に長いこと住んでいると、東京のあれこれが日本のすべての標準と信じ込んでしまい、一歩そのエリアから出ると面喰らうことがあったりします。
関西エリアに行って、エスカレーターで立ち止まっている位置が東京とは真逆の右側、追い越しが左側なのは序の口で、うどんを食べても「ん、このつゆ、味ないんじゃないの?」って思ってしまったり、東と西の常識は、狭い日本の中でも随分と違うものです。
外国人が、最初に訪れた場所で見聞きしたことを「これが日本の標準」と誤解するのも一興で、札幌の狸小路商店街で、北海道の昆布やお菓子を爆買いしている外国人観光客が、覚えたての「おおきに」「ほんまでっか」を連発しているのは、関西空港から入国してきたものと容易に想像できます。
様々な文化、習慣の違いが日本全国あちこちにあることこそが、旅へ行く動機づけにもなるというもの。無理に統一すべきようなことでもありません。
甲子園で行なわれる全国高校野球選手権大会が、なぜ高校を卒業した大人たちまでをも熱狂させるのか? 野球オンチの私にはまったく理解できなかったのですが、以前、私の母校の野球部が、夏の甲子園に61年ぶりの出場を果たした際、その疑問が一気に氷解しました。
甲子園は、年齢に関係なく、ムフフが起こりやすい。OB、OGが、地方から応援にきて、どんどん熱が入り、やがて焼け木杭(ぼっくい)に火がつき、ムフフへと発展してしまう……。高校球児の祭典以上に盛りあがる、裏甲子園のお楽しみがあることを突き止めてしまいました。東京で開催しても、決してそうはならないのでしょうね。
ちょっと暇ができて、どこへ行くか、何をするか、まずは空港へ行ってから、その時の気分で決断するという「旅らしい旅」を長年模索していると、観光ガイドブックとか情報誌の思惑どおりではない、自分なりの、本当に行きたいところへ近づける感覚が研ぎ澄まされてきます。
元鉄(元鉄道ファン)の立場からしても、東京から新大阪までの東海道新幹線の旅は、移動手段として最も安易で退屈な選択だと断言いたしましょう。
東京から大阪へ行く際、もちろん飛行機をおすすめいたしますが、ルーティングも単純に羽田→伊丹(大阪国際空港)ではなく、いったん伊丹上空を通り過ごす、羽田→福岡→伊丹というルートで、福岡からはボンバルディア製のプロペラ機でアプローチしてみたり、さらに時間と懐に余裕があったなら、羽田→那覇(沖縄県)→伊丹あたりはポイントも貯まりますのでおすすめです。羽田→シンガポール→関空(関西国際空港)とか、羽田→フランクフルト(ドイツ)→関空など、パスポートを持たないと行けない大阪の旅というのも大変情緒があります。あくまでも目的地は、大阪です。
↓やはりプロペラ機の楽しさは格別です。いっぺん乗りませんと!(撮影:パラダイス山元)
新しくなった伊丹空港に着陸すると、到着フロアをはじめ、もうあれもこれもリニューアルされていて、どこの空港へ来たのかわからないほどキレイになりました。飲食店や雑貨ショップも新装オープン、とても楽しい空港に生まれ変わりました。屋上階に吉本興業直営ショップまであるあたり、さすが「大阪やねん!」という感じです。羽田空港に比べるとベタ、コテコテの施設です。
↓伊丹空港着陸5分前には、大阪城を見ることができます。 (撮影:パラダイス山元)
ひとつ欲をいわせてもらうと、展望デッキの柵がちょっと残念すぎるというか、防犯上の様々な制約があるのは理解しつつも、急増している飛行機ファン、空港ファンのためにも、もう少し頭を使ってほしかったところです。
↓サンタクロース標準体型保持者には、なかなかツライ、伊丹空港の展望デッキの防護柵。(撮影者:通りすがりの飛行機ファン)
↓伊丹空港の展望デッキ。ガラス張りよりはマシかもですが、動画派には厳しいワイヤー張り。(撮影:パラダイス山元)
ひと頃、頻繁にニュースで流れていた森友学園も、飛行機からほぼ真俯瞰で見た後、伊丹空港から大阪モノレール・蛍池駅で阪急電車に乗り換えて、建造物の正面から見に行くと、ただ一方的に流れてくるニュースとは少し違った印象を感じ取ることができたりするものです。
↓伊丹空港着陸寸前に、話題の建造物をほぼ真俯瞰で見ることができます。 (撮影:パラダイス山元)
たいして行きたいところが思い浮かばないときは、話題のニュース現場にいち早く向かうという選択も知見を広めるにはよいかもしれません。世間では、そういう人のことを「ヤジ馬」などと蔑視しがちですが、噂の現場を直接目にすることが少なくなると、報道側からいいように印象操作をされやすい人間になってしまったり、だまされやすい体質になったりしてしまうというものです。
↓せっかくなので、ほぼ真俯瞰だけでなく、わざわざ真正面からも見に来ました。(撮影:パラダイス山元)
あえて、わざわざ見に行かなくても済むようなものこそ、体力と経済力を駆使して強引に目に入れ、報道による印象操作への耐性をつけるという行為は悪くないと思います。みなさんは、わざわざサンタクロースの格好をして行かなくてもよいわけですから、それだけでも充分にラクチンといえましょう。
高級感といっていいのか、単に地味なのか……。大阪以外に住んでいる人が、これ以上ないほど違和感を感じてしまうのが、阪急電車のカラーリングです。
マルーン色、チョコレート色というより、私はこれは「生レバー刺し色」だと断言します。生レバー刺し、久しくいただいておりませんわ。踏切待ちしていたり、ホームに入線してくるたび、車両ごと網で焼いて食べたくなってしまいます。
特筆すべきは、外装も内装のマホガニーの化粧板、深緑色のシートもピッカピカなこと。製造から30年以上経過している車両も、新造車と見分けがつきません。日本で一番車両を大切にしているのが阪急です。東京の鉄道会社も見習ってください。
↓関西以外の人からすると、阪急電車のこの塗色の違和感ぶりは半端ないと思うのですが、それをいくら関西の人に伝えても「ゴージャスやん!」で一蹴されてしまいます。
関西空港からは、南海電鉄の有料特急「ラピート」で難波に行きませんともったいないです。東京に限らず、世界的に見ても、こんなデザイン過剰な列車はありません。飛行機より格好いいと断言していいかどうかはわかりませんが、特急以外の車両のあまりの地味さに比べて、ぶっ飛んでいるギャップが南海電鉄ならではです。
↓「ラピート」には何回でも乗りたいものです。(撮影:パラダイス山元)
↓「ラピート」の走行風景は、東京の人からは、もはや完全なSFにしか見えません。(撮影:パラダイス山元)
クレイジーケンバンドのギタリストである、美食家の小野瀬雅生さんから、人生でいちばんうまかった天丼の店は大阪・難波にあると伺ったのを思い出して、行列覚悟で向かったら、まだ開店前でした。猪突猛進というより、もう天丼のことしか頭に入らないような状態で大阪を目指すというのも、よいかもしれません。まずはかき揚げ丼をいただいたあと、海老天を余計に一本足してもらう通の頼み方で天丼もいただきました。シンプルかつ盛りもよく、おいしかったです、ごちそうさまでした。
東京の天丼チェーンのお店もおいしいですが、先代から引き継ぎ、夫婦二人三脚、人情を感じる営業に、妙に情緒を感じてしまう、また訪れてしまいたくなるというのが、大阪の魅力なのでしょう。
↓クレイジーケンバンドのギタリスト・小野瀬雅生さんの人生イチオシの天丼店「坂町の天丼」に、開店前に到着。
伊丹空港の羽田行き最終便は、夜8時台。関空発は夜9時台。大阪での新鮮な驚きを体験したあと、夜も更けて、もうちょっとだけ、北新地のバーで一杯……と、ギリギリまで大阪を堪能して帰りたい時に役立つのが、日本全国に唯一残っている寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」です。鉄道ファンにまた返り咲きたくなる魔力を持った電車寝台です。
↓伊丹、そして関空からの最終便に乗り遅れそうな時は、大阪駅0時34分発、東京駅7時9分着の「サンライズ瀬戸・出雲」でどうぞ。
たこ焼きなど、大阪ならではのおつまみと、缶チューハイやハイボールを抱えて乗り込み、夜の車窓を満喫していると、あっという間に寝落ちしてしまいます。ブラインドを閉めずに素っ裸でそのまま寝落ちすると、横浜あたりから、ホームの通勤客の視線が注がれることになりますから、くれぐれもご注意を。あと、わざとやりませんように、念には念のため。
文/パラダイス山元(ぱらだいすやまもと)
昭和37年、北海道生まれ。1年間に1024回の搭乗記録をもつ飛行機エッセイスト、カーデザイナー、グリーンランド国際サンタクロース協会公認サンタクロース日本代表、招待制高級紳士餃子レストラン蔓餃苑のオーナー、東京パノラママンボボーイズで活躍するマンボミュージシャン。近著に「なぜデキる男とモテる女は飛行機に乗るのか?」(ダイヤモンド・ビッグ社)、「読む餃子」「パラダイス山元の飛行機の乗り方」(ともに新潮文庫刊)など。