取材・文/関屋淳子
大分県の北西端、中津市と玖珠(くす)町にまたがる広大な景勝地・耶馬渓(やばけい)。この歴史や文化を語るストーリー「やばけい遊覧~大地に描いた山水絵巻の道をゆく~」が平成29年、文化庁の日本遺産に認定されました。
およそ200年前に、思想家の頼山陽が名付けた「耶馬渓」。この天下の奇勝を取り巻く歴史的魅力と地域の文化をご紹介します。今回は、耶馬渓の南側にある玖珠町周辺の見どころをご紹介します。
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名高い「青の洞門」から玖珠へ向けて奥深く分け入ると、岩峰が迫る幽玄の渓谷が近づきます。ここは深耶馬渓(しんやばけい)と呼ばれる秘境。約120年前の明治時代に中津と玖珠をつなぐ道路を開削したことでその全容が現れたといいます。
四方八方を奇岩に囲まれる「一目八景」や滝や渓谷が作り出す神秘的な空間が広がります。
玖珠町の交通の基点は、JR久大本線の豊後森駅です。昭和4年に開業し、新たな耶馬渓の玄関口となりました。
ここには昭和9年に開設された豊後森機関庫があります。大きさは京都にある梅小路蒸気機関車館と同程度で、扇形機関庫。最盛期の昭和23年頃には25車両の機関車の配置があったといいます。蒸気機関車も保存され、見ごたえ十分です。
久大線の久留米と大分間の重要な中継ポイントだったことを偲ばせる風格ある近代化遺産は、まるで時が止まったかのように佇んでいます。
機関庫の壁には、戦時中に受けた米軍の機銃掃射の跡も残り、大きな歴史の生き証人。現在は国の登録有形文化財で、九州で唯一の扇形機関庫となっています。
隣接して豊後森機関庫ミュージアムがあり、この機関庫に関する資料とともに、「ななつ星」をはじめ数多くの鉄道デザインを手掛ける水戸岡鋭治さんのデザイン画なども展示。鉄道ファンならずとも、その緻密な作品には驚かされます。
さて、豊後森駅から車で約5分、玖珠町には日本一小さな城下町を自称する森地区があります。
ここは、かつて石高1万4000石だったという豊後森藩の城下町。藩主の久留島氏はもともと村上水軍の頭領だったといいます。関ヶ原の戦いののち立藩し、約270年間の藩政のなかで城下町として美しく整えられました。
そんな森地区には、明治の大火で被災したものの、明治末から大正期の歴史的建造物が残ります。メインストリートに面する「カネジュウ館」は情報発信施設であり、美味しいブランチをいただける中心的施設。かつて造り酒屋だった建物は、厚い土壁や屋根瓦を配したどっしりした建物で、赤レンガの土蔵も残ります。
こちらのブランチは、玖珠町のお母さん方が手作りする煮物や白和え、ハンバーグなどボリューム満点。カネジュウはかつての屋号、町並み散策後にぜひ立ち寄ってみてください。
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以上、今回は耶馬渓の南側にある玖珠町周辺の見どころをご紹介しました。玖珠町は玖珠盆地を一望する伐株山(きりかぶさん)をはじめ、頂上がテーブルのように平らな山・テーブルマウンテンが多数点在する珍しい地域。まだまだ知られていない魅力がありそうです。
大分・耶馬溪。先人が愛でてきたその神秘的な奇勝を巡る旅に、出かけてみてはいかがでしょうか。
※日本遺産「やばけい遊覧」についての問い合わせ先:
中津市教育委員会文化財室(電話:0979-22-1111)
取材・文/関屋淳子
桜と酒をこよなく愛する虎党。著書に『和歌・歌枕で巡る日本の景勝地』(ピエ・ブックス)、『ニッポンの産業遺産』(エイ出版)ほか。旅情報発信サイト「旅恋どっとこむ」(http://www.tabikoi.com)代表。
撮影/yOU(河崎夕子) www.youk-photo.com