新着記事

第82回人形町らくだ亭[1月29日開催]志ん生に捧ぐ孫弟子競演会! ミゼットにブルーバード ミゼットにブルーバードに小松崎茂の原画も!|松戸郊外でみつけた懐かしヴィークルのワンダーランド『昭和の杜博物館』 東・西日本で異なる“おにぎり事情”|日本人なら皆んな知っている「おにぎり」ってどんな形? 東・西で形が違う?|日本人なら知っておきたい“おにぎり”の話 常備したい冬の定番「味の浜藤」のおでんセット【サライのお取り寄せ】 オタワからキングストンまでを結ぶ202kmの運河 カナダ最大のアツモリソウ群生地と世界遺産リドー運河の終着地・首都オタワ 【カナダ・オンタリオ州の旅3】 顎関節症はこうして改善!|原因と予防・対策 スマホの使いすぎ、ストレス過多は要注意!|顎関節症の原因と対策 トヨタ センチュリー|匠の技が磨き上げた美と品格をまとう国産車【石川真禧照の名車を利く】 マカオ往復航空券が当たる!Twitterキャンペーンのお知らせ マジック 街を歩けばカフェに当たる!? コーヒーの街メルボルンで極上の一杯を堪能。 マカオ美味紀行|東西文明の出合いが生んだ比類なき味覚を旅する[PR]

サライ本誌最新号

ピックアップ記事

  1. 徳川園/名古屋市

>>過去の記事へ

サライの通販

>>過去の記事へ

全国の美味がお取り寄せいただけます

趣味・教養

文壇屈指の将棋愛好家だった菊池寛の将棋駒【文士の逸品No.18】

◎No.18:菊池寛の将棋駒

菊池寛の将棋駒(撮影/高橋昌嗣)

文/矢島裕紀彦

菊池寛は文壇屈指の将棋愛好家だった。1日数回、盤の前に座す。対する相手のない時は、ひとり古今の名局の棋譜をたどった。寛は綴る。

「凡(およ)そ、あらゆる勝負事の中で、将棋ほど、テキパキして居るものはないだろう。勝は飽くまで勝である。負は飽くまで負である。敵将を擒縛(きんばく)して後(のち)止(や)むのであるから、何等の妥協あるなしである」(『将棋の話』)

盤上に現れる潔いまでの明快さが、肌合いに合ったのだろう。寛は作家としても『恩讐の彼方に』や『父帰る』に見られる如く、作品に明晰なテーマを持たせることに主眼を置いていた。

長年使い込むうち、味わい深い飴色になった寛の駒が、東京都豊島区の菊池英樹氏のもとに残されていた。材は本黄楊(つげ)。小刀で彫り込んだ文字の上に漆を埋め込み、さらに丁寧に塗り重ね文字部分を盛り上げた「盛り上げ駒」。文壇の大御所と言われた人物に相応しい風格が漂う。

「人生は一局の棋なり 指し直す能(あた)はず」とは、寛の残した言葉。香川県高松市の菊池寛記念館の一室。擦り減って目盛りも霞んだ愛用の盤に駒を載せ、改めて噛みしめるはその至言。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。『サライ.jp』で「日めくり漱石」「漱石と明治人のことば」を連載した。

写真/高橋昌嗣
1967年桑沢デザイン研究所 グラフィックデザイン科卒業後、フリーカメラマンとなる。雑誌のグラビア、書籍の表紙などエディトリアルを中心に従事する。

※この記事は、雑誌『文藝春秋』の1997年7月号から2001年9月号に連載され、2001年9月に単行本化された『文士の逸品』を基に、出版元の文藝春秋の了解・協力を得て再掲載したものです。

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

関連記事

  1. 森茉莉が可愛がっていた犬のぬいぐるみ【文士の逸品No.39】
  2. 中勘助が幼少期に使っていた銀の匙【文士の逸品No.38】
  3. 林芙美子が出版記念品として配った灰皿【文士の逸品No.37】
  4. 音楽好きの宮澤賢治が奏でたチェロ【文士の逸品No.36】
  5. 文士・尾崎士郎が履いていた奇妙な下駄【文士の逸品No.35】
PAGE TOP