新着記事

“戦国一の傾奇者”前田慶次、謎多き快男児の正体とは【にっぽん歴史夜話4】

文/砂原浩太朗(小説家)前田慶次(まえだ・けいじ)――加賀百万石の藩祖・前田利家の甥にして、…

『終わった人』中途半端なプライドが生んだ醜すぎる定年男の物語【印南敦史の定年本イッキ読み20】

文/印南敦史2015年に発表された内館牧子のベストセラー『終わった人』は、定年を迎え…

知られざる漂泊の画家・長谷川利行が描いた「七色の東京」を見る

取材・文/池田充枝戦前の日本を破天荒に生きた画家、長谷川利行(はせかわ・としゆき1891-1…

デニムの風呂敷|リアルなジーンズ柄の愉快な風呂敷

昭和15年創業、日本で初めてジーンズを作ったのが「ビッグジョン」だ。メーカーロゴに親しみを覚…

【朝めし自慢】山口香代子さん(画家)「料理好きな夫が調える白粥が主食の献立です」

取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆本格的に絵を描き始めたのは5年前。にもかかわらず、わずか2年…

天空の列車「アンデス中央鉄道」で南米大陸の屋根を行く(ペルー)

文・写真/原田慶子(ペルー在住ライター)世界文化遺産の街リマ旧市街と、ペルー有数の穀…

【名門校の青春食堂 第5回】駒場東邦中学校高等学校×三島のたこ焼き(東京・駒場)

文/鈴木隆祐食べ応えある『三島』の関東風たこ焼きには生徒への想いが込められていた…

琳派はどのように継承されてきたか?を見る《琳派 ―俵屋宗達から田中一光へ―》展

取材・文/池田充枝17世紀、京都で活躍した画家・俵屋宗達(たわらや・そうたつ)は、やまと絵の…

有田焼の布のような器|布のような質感を湛えた軽くて丈夫な磁器の酒器

布を押し固めたような質感を見せるが、1300℃の高温でしっかりと焼き締められた磁器である。手…

「知らなかった」では遅すぎる!親が要介護になる前に読んでおきたい1冊

文/鈴木拓也40代も半ばを過ぎると、それまでは漠然としか思っていなかった「親の介護」…

サライ最新号

ピックアップ記事

>>過去の記事へ

サライの通販

>>過去の記事へ

趣味・教養

文壇屈指の将棋愛好家だった菊池寛の将棋駒【文士の逸品No.18】

◎No.18:菊池寛の将棋駒

菊池寛の将棋駒(撮影/高橋昌嗣)

文/矢島裕紀彦

菊池寛は文壇屈指の将棋愛好家だった。1日数回、盤の前に座す。対する相手のない時は、ひとり古今の名局の棋譜をたどった。寛は綴る。

「凡(およ)そ、あらゆる勝負事の中で、将棋ほど、テキパキして居るものはないだろう。勝は飽くまで勝である。負は飽くまで負である。敵将を擒縛(きんばく)して後(のち)止(や)むのであるから、何等の妥協あるなしである」(『将棋の話』)

盤上に現れる潔いまでの明快さが、肌合いに合ったのだろう。寛は作家としても『恩讐の彼方に』や『父帰る』に見られる如く、作品に明晰なテーマを持たせることに主眼を置いていた。

長年使い込むうち、味わい深い飴色になった寛の駒が、東京都豊島区の菊池英樹氏のもとに残されていた。材は本黄楊(つげ)。小刀で彫り込んだ文字の上に漆を埋め込み、さらに丁寧に塗り重ね文字部分を盛り上げた「盛り上げ駒」。文壇の大御所と言われた人物に相応しい風格が漂う。

「人生は一局の棋なり 指し直す能(あた)はず」とは、寛の残した言葉。香川県高松市の菊池寛記念館の一室。擦り減って目盛りも霞んだ愛用の盤に駒を載せ、改めて噛みしめるはその至言。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。『サライ.jp』で「日めくり漱石」「漱石と明治人のことば」を連載した。

写真/高橋昌嗣
1967年桑沢デザイン研究所 グラフィックデザイン科卒業後、フリーカメラマンとなる。雑誌のグラビア、書籍の表紙などエディトリアルを中心に従事する。

※この記事は、雑誌『文藝春秋』の1997年7月号から2001年9月号に連載され、2001年9月に単行本化された『文士の逸品』を基に、出版元の文藝春秋の了解・協力を得て再掲載したものです。

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

関連記事

  1. 野球好きだった詩人サトウハチロー愛用のキャッチャーマスク【文士の…
  2. 作家・川端康成が愛蔵していた縄文時代の土偶【文士の逸品No.19…
  3. 酒豪作家・梅崎春生が愛用した二眼ヤシカフレックス【文士の逸品No…
  4. 泉鏡花が憑かれたように集めた兎の置物【文士の逸品No.16】
  5. 田山花袋がマイ原稿用紙を刷っていた版木【文士の逸品No.15】
PAGE TOP