続いて、私たちはサイクリストに変身し、広島県尾道市の生口島と愛媛県今治市の大三島の県境をつなぐ道路橋・多々羅(たたら)大橋を渡った。普段デスクワークが中心で運動不足気味ではあるが、意外と楽に気持ちよく大橋を快走することができたのはありがたかった。読者諸兄にも、ぜひお勧めしたい。

愛媛県は、世界有数の台湾の自転車メーカー・ジャイアントの協力を得て同県と広島県を結ぶしまなみ海道で国際的なサイクリングイベントを開催してきている。その影響あって、真夏の島々は多くのサイクリストで賑わっており、彼ら向けのレストランをはじめ様々な施設が展開している。

大三島に渡った私たちは、現代から戦国時代の海賊世界へと引き込まれていった。まず訪れたのが、大三島と接して浮かぶ小島全域に築かれた甘崎城跡である。

村上水軍の拠点のひとつ甘崎城跡。

当城は、今でも石垣遺構を遠望することができるが、江戸時代の海外史料にもそのことが登場する。元禄4年(1691)にドイツ人医師ケンペルは、瀬戸内海を航行中に甘崎城跡の堅固な石垣を見て、帰国後、著書『日本誌』に「水中よりそびゆる堡塁あり」と記している。

甘崎城について、藤堂藩の編纂した高虎一代記『高山公実録』には、関ヶ原の戦いの恩賞として安芸・備後両国49万石を与えられた福島正則を監視すべく、今治城主だった高虎が戦国時代に来島氏の持城であったものを、高虎が惣石垣で改修し、城代として重臣須知出羽を任じたことを記す。

さらに『越智島旧記』(越智郡井ノ口村の改庄屋近藤珍信が、寛永年間に松山藩命を受けて作成した藩領島方17か村の調査報告書)からは、石垣の全長が約800メートル、石垣の比高が約4メートルで残っていたことがわかる。

現在も往時の石垣遺構が良好に残存しており、島の頂上部では瓦も散見されるそうである。このように甘崎城は、瀬戸内海に屹立する近世水軍城郭として特筆すべき存在であった。この島には、潮が引けば徒歩で渡ることもできるそうである。

私たちは、そこから山越えで伊予一宮・大山祇神社に向かった。ここは、全国にある大山祇神社の総本社である。また、主祭神の大山祇神は「三島大明神」とも称され、当社から勧請したとする。鬱蒼とした神木に囲まれた広大な境内を進み、海賊たちが法楽連歌を楽しんだ社殿にお参りした。

瀬戸内海の中央部には、村上海賊の本城・能島城がある。言わずと知れた、「海賊代将軍」能島武吉の本拠地である。ここも、甘崎城と同様に小島全体が城塞となっていた。近年、地元今治市の教育委員会による発掘調査がおこなわれ、複数の大型住居跡と鍛冶遺構が発見された。

従来、激流のなかに存在する能島城は戦闘を重視した詰城(つめじろ)(緊急時に籠もる城塞)で、普段は暮らしやすい対岸の大島に城郭を構えていたのではないかと考えられてきた。水場周辺に根城を維持しており、セットで機能すると理解してきたのである。

しかし調査によると、狭い城域ながら所狭しと建造物が建てられ、南部の埋め立て地からは生活土器が大量に出土しており、海賊衆が日常生活を送っていたことがうかがわれるという。なお1938年の発掘によって、輸入陶磁器や中国銭などの遺物の出土報告もある。海城については、規模よりも立地が優先されることが明らかになったのである。

村上水軍博物館(大島=愛媛県今治市)で説明を聞く。

私たちは、能島城跡の対岸に位置する水軍博物館をお邪魔し、学芸員の大上幹広さんに古文書をはじめとする展示品の数々について解説いただき、海賊世界を堪能した。当館は、能島村上氏の史資料を保存・公開する海賊研究のセンターである。故郷愛媛県に、このようなすばらしい施設ができたことを誇らしく思った。

文/藤田達生
昭和33年、愛媛県生まれ。三重大学教授。織豊期を中心に戦国時代から近世までを専門とする歴史学者。愛媛出版文化賞受賞。『天下統一』など著書多数。

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