文・写真/鈴木拓也
藤沢市にある清浄光寺(しょうじょうこうじ)は時宗の総本山で、1325年に呑海上人が開山した。通称は「遊行寺」(ゆぎょうじ)で、今ではこちらの寺名のほうが親しまれている。これは、開祖の一遍上人(1239~1289)が全国を遊行(行脚)して仏の教えを広めたことからきている。
一遍は、35歳のときに一念発起して諸国を回り始めた。やがて衆生化益の一環として“踊り念仏”を始める。44歳のときに、各宗の高僧たちが布教を盛んに行っていた鎌倉に入ろうとするが、信者をぞろぞろ引き連れた一遍に警戒心を抱いた警護の武士に制止される。そこで一遍と信者たちは、片瀬(今の藤沢市)へ向かった。一遍が創始した時宗の総本山が、鎌倉ではなく藤沢にあるのは、これが理由である。
遊行寺は、その名も「遊行通り」という往来の多い道路を藤沢橋に向かって進み、藤沢橋を渡ってすぐの閑静な立地にある。境内に入ると、「東海道随一」とうたわれる木造銅葺の本堂がまず目に入り、早朝から読経がかすかに聞こえてくる。
本堂に、どことなく新しさを感じるのは、関東大震災で倒壊した後に再建したからだろう。堂内には、阿弥陀如来坐像が本尊として祀られている。
本堂の右手には、手を合わせた一遍上人の銅像が静かに立っている。上人の穏やかなまなざしに、思わずこちらも手を合わせたくなる。
銅像の手前に樹齢700年の大銀杏が立ち、その近くには遊行寺宝物館がある。宝物館では、一遍や時宗にゆかりのある数々の絵画、書跡、工芸が収められている。
さて、次は鎌倉市十二所(じゅうにそ)にある、もうひとつの一遍ゆかりの寺を訪ねてみよう。
* * *
十二所にある光触寺(こうそくじ)は、作阿上人が開山。作阿は、もとは真言宗の僧であったが、一遍が鎌倉入りを試みた際に帰依した。
本堂には、本尊として運慶の作と伝えられる「頬焼(ほほやけ)阿弥陀三尊」(重要文化財)が安置されている。
「頬焼」という不思議な名称の由来は、『頬焼阿弥陀縁起』(重要文化財)に記されている。
それによれば、運慶に阿弥陀三尊像を作らせた町局(まちのつぼね)は、像を屋敷の持仏堂に安置したという。ここに仕えていた万歳法師は、阿弥陀三尊像を拝し念仏につとめていた。
ある時、屋敷の貴重品がなくなり、讒言によって万歳法師に罪が着せられた。怒った町局は、懲罰として法師の左頬に火印(焼き印)を押した。
翌日の夜半、町局の夢に仏が現れ、苦痛に顔をゆがめて「汝何がゆえに我が面に火印をさすのか」と言う。動揺した町局は、持仏堂に入って像を見ると、頬に火印のあとがある。そして万歳を見ると、やけどはなくなっていた。
町局は、仏像の頬に箔を貼るなどして火印の跡を消そうとしたが、うまくいかず、隠すことが仏意にそむくものだと考えて、そのまま世間に知らせた。それより参拝者が、雲のごとく集まったという。
遊行寺と同じく、本堂の近くには一遍上人の像がある。その柔和なたたずまいに、やはりほっこりさせられる。最近になって映画化されるなど、多くの人が一遍に惹かれるわけが分かった気がした。
【遊行寺】
住所:藤沢市西富1-8-1
電話:0466-22-2063
公式サイト:http://www.jishu.or.jp/
拝観時間:5:00~17:00(冬期は6:00~17:00)
交通:藤沢駅北口4番・5番バス乗り場「戸塚バスセンター行」、「大船駅西口行」乗車、「藤沢橋」バス停下車約1分
【光触寺】
住所:鎌倉市十二所793
電話:0467-22-6864
拝観時間:9:00~16:00(境内無料、本堂拝観は10名以上の要予約で拝観料1人300円)
交通:鎌倉駅5番バス乗り場「鎌倉霊園正門前(太刀洗)行」、「金沢八景駅行」乗車、「十二所」バス停下車徒歩約3分。
文/鈴木拓也
2016年に札幌の翻訳会社役員を退任後、函館へ移住しフリーライター兼翻訳者となる。江戸時代の随筆と現代ミステリ小説をこよなく愛する、健康オタクにして旅好き。