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「空に真赤な雲のいろ。玻璃に真赤な酒の色。」(北原白秋)【漱石と明治人のことば222】

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今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「空に真赤な雲のいろ。/玻璃に真赤な酒の色。/なんでこの身が悲しかろ。/空に真赤な雲のいろ」
--北原白秋

『ペチカ』や『この道』などの懐かしい童謡詩を書いたことで知られる北原白秋は、明治18年(1885)、福岡の生まれ。水郷柳川の情緒と切支丹文化の交錯する環境に育ち、早くから短歌や詩をつくった。

青年期には、吉井勇、木下杢太郎、高村光太郎らとともに「パンの会」というちょっと奔放な芸術家グループを設立し、その中心メンバーとして活躍した。彼らは東京の隅田川をパリのセーヌに見立て、河畔の西洋料理店を会場にして、大いに西洋の酒と料理を飲み食いし、自由な芸術談義に華を咲かせた。

座が盛り上がったとき、皆が声を合わせて歌うような調子で暗唱するのが、掲出のことば。すなわち、白秋の処女詩集『邪宗門』所収の4行詩『空に真赤な』であった。

芸術界に耽美の新風を吹き込もうとする彼らにとって、『邪宗門』はそれだけ象徴的な存在だった。詩文中の「真赤な酒」の赤は、夕映えの色であると同時に、芸術家たちの情念を映し出した色でもあったのだろう。従って、彼らが飲む酒は赤ワインには限らない。しばしばビールやウイスキーでもあった。

後年の白秋の酒は、息子の隆太郎の目からは、宴席の和気あいあいたる雰囲気を楽しみ、知友門弟と交歓することが目的のように感じられたという。その頃はもう年齢を重ね、青年期の耽美的沸騰が落ち着いてきてもいたのだろう。

とはいえ、ただ泰然と静かに飲んでいるだけではない。ときには酔余に伊那節を歌ったり、安来節を踊ることもあった。また、「線香花火」と命名した秘密の宴会芸もあったという。この芸、要はオリジナルの踊りなのだが、はじめ誰かにマッチを擦って点火する真似をしてもらい、シュッと手を出す。つづいて、シュッ、シュッと両手を交互に出して火花の飛び散る様子を演じ、加速度的にその勢いを増す。やがて「シュウッ」というひと声を残し、まん丸い火の玉となり、ぽろりと地面に落ちるように倒れるという趣向。その動きはいかにも真に迫っていて、座は大いに盛り上がったらしい。

そんな白秋が、晩年には失明の不運に見舞われた。それでも、颯爽と明るく、ユーモアをもって生きとおしたという。きっと青年期に仲間とともに体感した夕暮れと酒と情熱の赤は、4行詩『空に真赤な』のBGMとともに、光をなくした詩人の目や耳の奥にも、消えることなく焼き付けられていたに違いない。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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