文・写真/織田村恭子(アイルランド在住ライター)
クリスマスの起源
イエスの降誕祭として世界中で祝われるクリスマス。イエス・キリストの誕生日は記録されていないが、クリスマスは2世紀~4世紀頃に始まり、ローマ皇帝が12月25日をクリスマスに定めたと言われる。その背景には、古代ローマの太陽神信仰であったミトラ教の冬至のお祝いが12月25日に行われていたこと。また多くの歴史家はクリスマスを祝う習慣は、古代ケルトの土着信仰ドルイド教の冬至のお祝いとキリスト教が祝うイエスの誕生が融合して生まれたものと信じている。いずれにせよ日照時間が最短となる冬至でいったん太陽が死に、またその日から新たに生まれ変わるという考えが根底にあったようだ。
アイルランドでクリスマスは1年で最も重要な、そして大人から子供まで楽しみにするお祭りだ。そしてその準備は夏の終わりから始まる。8月下旬、老舗のデパートにはクリスマスコーナーが設けられ、ツリー用デコレーションや人形、カップなどクリスマスグッズが並び始める。遅くても10月31日のハロウィーン前後には、どこの店でもクリスマス用品が店頭を飾り始めるのだ。そしてクリスマスイヴからクリスマス当日にかけてその興奮が最高に盛り上がっていく。
アイルランド風クリスマスの楽しみ方
昔からの迷信も大事にしながら、様々に楽しむアイルランドのクリスマスとはどんなものなのだろうか。
アイルランド各地で11月8日~1月5日まで開かれるクリスマスマーケットは、ぜひ足を運びたい場所だ。30か国以上から集められたクリスマス食品や工芸品、デコレーション、お菓子やお酒など見て回るだけでも楽しい。寒さの中、冷えた身体をモールドワイン(スパイス入りのホットワインでクリスマスの定番の飲み物)で温め、立ち昇るシナモンの香りを楽しむ。
日付が12月8日になると、家々のドアにクリスマスリースが吊るされる。今や世界中でクリスマスにはドアにヒイラギのリース(輪飾り)が飾られるが、この風習はアイルランドが起源である。ヒイラギはその昔、アイルランドで最も繁殖していた植物で、貧しい人々もクリスマス時期にドアを飾ることができた。古代アイルランド人は木に精霊が宿ることを信じ、特にヒイラギは悪霊を遠ざけ、住人を保護するとされ、1月6日までドアに飾られる。それより前にヒイラギを取り外すと悪運が舞い込むと言われるからだ。
また12月8日には居間に大きなツリーも飾られる。夜、道を歩けば、通りに面した居間で窓ガラス越しに色とりどりの灯りが点滅する美しいツリーが見え、クリスマスが近づいてくることを実感させてくれる。なおツリーを取り外すのも1月6日である。この時期には、全てのパブも店の内外を趣向を凝らしたライトとクリスマスデコレーションで飾り、町全体がネオンに照らされて賑やかになっていく。
クリスマスには“窓辺に3本または3個のキャンドル”を置く。3はイエス・キリストと両親の3人を意味し、遠い昔、彼らが宿を頼んだものの断られたことから、こうやって外からはっきり見える明かりを灯すことで、遠くから戻ってくる家族や友人、または迷い人などを温かく迎え入れるという意味が込められているとされる。19世紀以降、多くの移民を出したアイルランドでは、年に一度のクリスマスには世界中から故郷のアイルランドに戻ってくる人々が多いのだ。
ところでサンタ・クロースのモデルは現在のトルコにあったローマ帝国の小さな町ミラの司教聖ニコラスと言われる。彼は起源260年頃の生まれで、貧民を助け善行を施した。彼の遺骨の埋葬場所はイタリアやトルコなど諸説があるが、その一つはアイルランドだ。遺骨の一部をノルマン人が盗み、アイルランドに持ち帰りキルケニー州に埋葬したと言われている。キルケニーには彼の名を冠した教会もあるが、真実は闇のなかだ。
トナカイのそりに乗り、プレゼントを配ってくれるサンタのために、アイルランドの田舎ではミンスパイとギネス、トナカイには人参を窓に置く習慣がある。飲み物がギネスビールというのがいかにもアイルランドらしい。このミンスパイはクリスマスにはなくてはならない大事なお菓子で、ドライフルーツとスパイスを混ぜた甘いパイだ。大昔、三博士がキリストの誕生を祝うために捧げた没薬がミンスパイの起源と言われる。
カトリックのアイルランドではクリスマス・イヴに教会で『ミッドナイト・マス』と呼ばれるサービスが催される。イブの24日からクリスマスの日、25日へと変わる「午前0時」の伝統的な行事だ。実際は真夜中ではなく、イヴの日の夕方から夜の8時くらいの間に礼拝が行われる。通常、あまり教会に行かない人々もこの日は礼拝に参加し、普段会うことの少ない知り合いや隣人たちと交流できる絶好のチャンスで、楽しい社交的な集まりの場になる。
毎年の風物詩
さて、ここで例外なく毎年起きる可笑しいことがある。
クリスマスの前日、多くの人々がパニックに陥ったかのように大量のお酒を買い込むことだ。ワイン、ビール、ウィスキーなどをトローリーいっぱいに詰め込む。ワインやビールはケースで買っていく。まるでお酒を飲めるのは今日が最後と言わんばかりの勢いだ。お酒が買えないクリスマスの日にお酒が足りないようなことは絶対にあってはならない。遠方はるばる帰国する家族や友人たちが集まる大事で楽しい日なのだから。それがたとえ、たった1日だけだとしても。これも平和なアイルランドの風物詩と言えよう。
こうしてアイルランドのクリスマスの夜は更けていく。
文・写真/織田村恭子(アイルランド在住ライター)日本の多岐に渡る雑誌に現地ニュース、歴史・社会問題、旅行、料理等、記事・エッセイを執筆。またNHK地球ラジオを始め日本のラジオ番組へもアイルランドからニュースを発信。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。