文・写真/織田村恭子(海外書き人クラブ/アイルランド在住ライター)

アイルランドの歴史を紐解く場所

大通りに建つキルメイナム刑務所歴史博物館。今も昔も人通りの多さは変わらない。

大通りに建つキルメイナム刑務所歴史博物館。今も昔も人通りの多さは変わらない。

アイルランドの首都ダブリンに、キルメイナム刑務所歴史博物館(http://kilmainhamgaolmuseum.ie/)がある。1924年まで刑務所として使用された後は閉鎖され、1966年に博物館として一般市民に扉を開いた。以来、ここは観光だけでなく、数多くのハリウッド映画や歴史ドラマの舞台となり、またロックバンドU2のミュージックビデオの撮影に使われ、さらに2019年12月にはロッド・スチュワートがバンドメンバーと訪れるなど、各国の人々を引き寄せる場所となっている。そして、実はこの刑務所はアイルランドの歴史を語る上で, 外すことのできない場所なのである。

キルメイナム刑務所の入口。頭上には鎖に繋がれた5匹の蛇が彫刻されている。

キルメイナム刑務所の入口。頭上には鎖に繋がれた5匹の蛇が彫刻されている。

『絞首台の丘』に建てられた監獄

広い敷地内にそびえたつ監獄

広い敷地内にそびえたつ監獄

1862年に建てられた東ウィング(新棟)。自然光は人間のふるまいを向上させるというビクトリア朝の案を取り入れて、天窓が設けられ明るい雰囲気になっている。

1862年に建てられた東ウィング(新棟)。自然光は人間のふるまいを向上させるというビクトリア朝の案を取り入れて、天窓が設けられ明るい雰囲気になっている。

キルメイナム刑務所は、1787年に、『絞首台の丘』と呼ばれる小高い丘に建てられた。ここは何年も前から、公開処刑が行われていた場所である。当時、パブや人家が多い賑やかな通りが選ばれた理由、それは、刑務所の塀のすぐ向こうから子供たちの笑い声や一般人の生活音が響き、風に乗って旨そうな夕食の臭いが漂ってくることで、自由のない囚人たちを精神的に苦しめる意図があったと言う。

キルメイナム刑務所は西ウィング(旧棟)と東ウィング(新棟)の2棟からなる。一見、風情のある美しい建築物だ。しかし西ウィングに一歩、足を踏み入れると、じめっとした湿気が身体に這い上がる。何世紀にもわたって多くの囚人たちが昇り降りしたことを物語る石段は、真ん中がひどく擦り減っている。暗く長い廊下に沿って、錆びた鉄扉と大きな鍵がついた独房が並んでいるが、その昔は、ガラスのない窓の鉄格子から、身を切るような寒風と湿気が入り込み、トイレは床に置かれたバケツ一つ、灯りや暖房といえば、独房1つに1本配られる蝋燭だけであった。

西ウィング(旧棟)の廊下を歩くと、湿気と寒さが骨まで染み込むようだ。

西ウィング(旧棟)の廊下を歩くと、湿気と寒さが骨まで染み込むようだ。

何世紀にも渡り囚人が昇り降りした石段は真ん中が擦り減り、長い年月を感じさせる。

何世紀にも渡り囚人が昇り降りした石段は真ん中が擦り減り、長い年月を感じさせる。

狭い廊下を挟んで並ぶ独房

狭い廊下を挟んで並ぶ独房

食べ物を求めて囚人になる人々

囚人の食券。囚人の階級により食事内容や配分量が異なっていた。 1849年の日付けがあり、パンや牛乳の配給量が記されている。

囚人の食券。囚人の階級により食事内容や配分量が異なっていた。
1849年の日付けがあり、パンや牛乳の配給量が記されている。

イギリス統治下のアイルランドでは1845年から1849年にかけて、深刻なじゃがいも大飢饉が起こった。地主の多くはイギリスに居住しており、どんなに悲惨な食糧不足になろうとも、アイルランドからイギリスへの食糧輸出は継続された。この大飢饉でアイルランドは、150万以上の餓死・病死者を出し、200万人以上がアメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダへと移住していった結果、当時、800万人いたアイルランドの人口は半分まで落ち込んでいる。そんな中で、移住するお金も手立てもない人々は、生きる為に道端で物乞いをし、あるいはパン一切れを盗んだりしたが、当時、これらは立派な犯罪であり、捕まれば皆、このキルメイナム刑務所へ収監されたのである。中には7歳の子供まで含まれていた。

増える囚人数への対策として、小さな独房に老若男女の区別無しに5人もの囚人が詰め込まれた。飢饉の中、薄いスープやパン一切れでも食べ物をもらえ、雨露をしのげる場所へ行こうと、わざわざハンカチ一枚盗む等の“犯罪”を犯して、キルメイナム刑務所を目指す人々も後を絶たなかったために、刑務所の収監数はさらに膨れ上がった。また、キルメイナム刑務所はアイルランドからオーストラリアに流刑される囚人たちの待機場所も兼ねていた。最初の記録に載っているだけでも、ここから女性たちを含めた4000人がオーストラリアへと輸送されている。後にオーストラリアから正式に受け入れ拒否が来るまで囚人移送は続き、最終的にはここから164,000人のアイルランド人がオーストラリアに移送されたのである。一部の政治犯や重罪人を除き、殆どが先ほど述べたような物乞いや食べ物を盗んだ罪によるものだった。

裁判官が囚人に死刑を宣告した際に被っていた帽子。

裁判官が囚人に死刑を宣告した際に被っていた帽子。

処刑前夜の結婚式

ジョセフの死刑前夜に、ジョセフとグレースが結婚した刑務所内のカソリックのチャペル。

ジョセフの死刑前夜に、ジョセフとグレースが結婚した刑務所内のカソリックのチャペル。

ところで、この陰鬱なイメージが濃いキルメイナム刑務所で、ふっと空気が変わる空間がある。それは赤い壁のある、こざっぱりとしたチャペルだ。これは1882年に大工だった囚人により作られた。そしてここに今も語り継がれる話がある。

何世紀にも渡るイギリスの統治に苦しんできたアイルランドでは、何度も独立運動が起こっていた。1916年4月のイースター(復活祭)に起こったイースター武装蜂起は、後にアイルランド独立を実現させる大きなきっかけとなったが、蜂起は失敗、多数のアイルランド人政治犯がこの刑務所に収監された。殆どはオーストラリアへ流刑となったが、リーダー格の14名には、キルメイナム刑務所での死刑が言い渡された。この中の一人にジョセフ・プランケットという青年がいる。

ジョセフが収監されていた西ウィング(旧棟)の独房。

ジョセフが収監されていた西ウィング(旧棟)の独房。

ジョセフ・プランケットにはグレース・ギルフォードという婚約者がいた。ジョセフ・プランケットが5月4日に処刑されることを前日に知らされたグレースは、急いで結婚指輪を買い求めると、司祭と共にキルメイナム刑務所へと駆け付けた。ジョセフの嘆願が受け入れられ、二人は1916年5月4日の午前1時20分、このチャペルにて、数本だけ灯されたほの暗い蝋燭の光の中で、結婚式を挙げることを許されたのである。並んだ兵士たちに囲まれ、チャペルで発せられた言葉は、司祭が誓いを促した時とそれに二人がイエスと答えたのみであったと伝えられている。二人は言葉を交わすことも、お互いに指一本触れることも許されなかった。式が終わると即座に、ジョセフ・プランケットは暗い独房に引き戻されている。が、その後、“新婚夫妻”は10分間の最後の面会を許される。15人の兵士が見守る中、プライバシーの考慮は全くなかった。二人のそばには、10分という時間を計るために、時計を持った兵士が立っていたのである。あまりにも短い別れであった。

ジョセフとグレース。

ジョセフとグレース。

数時間後、夜明けの光が差すと、ジョセフ・プランケットは仲間と共に裏庭の処刑場に引き出された。胸元に銃弾の的のための印がつけられる。ジョセフはその場所を撃ち抜かれて28年の生涯を閉じた。多くの愛国者が処刑されたこの場所に、今では簡単な木の十字架が立てられている。

刑務所の庭にある処刑場。多くの囚人が処刑されたこの場所には、今では木の十字架が立っている。

刑務所の庭にある処刑場。多くの囚人が処刑されたこの場所には、今では木の十字架が立っている。

歴史を静かに見守る証人

妻のグレース・ギルフォードは、1923年、アイルランド市民戦争の時に、政治犯としてこのキルメイナム刑務所に収監された。画家であったグレースが入れられた独房の壁には、彼女が収監中に描いた母と子の絵が今も鮮やかに残っている。彼女は何を想いこの絵を残したのだろうか。若くして未亡人になったグレースに多くの男性が求婚したが、彼女は独身のまま一生を終えている。彼女の死後、結婚指輪や夫ジョセフの髪の毛を納めたロケットはこの博物館に寄贈された。

グレースが収監中に独房の壁に描いた絵は今も色鮮やかに残っている。

グレースが収監中に独房の壁に描いた絵は今も色鮮やかに残っている。

グレースの結婚指輪。

グレースの結婚指輪。

キルメイナム刑務所はアイルランドの歴史を知る上で、重要な意味を持っている。それは長く苦しい統治下での生活や、大飢饉を生き抜いてきた人々だけでなく、アイルランド愛国者たちが独立を求めて、文字通り命を懸けて闘った軌跡をあちこちに刻みつけているからだ。何世紀にも渡って様々な囚人たちの人生を見守ってきたキルメイナム刑務所は、静かなる歴史の証人といえるだろう。

刑務所の外塀。この壁の向こうには一般人の自由な生活が広がっていた。

刑務所の外塀。この壁の向こうには一般人の自由な生活が広がっていた。

【キルメイナム刑務所歴史博物館】住所:Inchicore Road, Kilmainham, Dublin 8, Ireland. D08 RK28.

文・写真/織田村恭子(海外書き人クラブ/アイルランド在住ライター)
日本の様々な雑誌に現地ニュース、歴史・社会問題、旅行、料理等、記事・エッセイを執筆。またNHK地球ラジオを始め日本のラジオ番組へもアイルランドからニュースを発信。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。

 

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