文・写真/坪井由美子(海外書き人クラブ/海外プチ移住ライター)

田舎暮らしや農業体験が手軽に楽しめる場として、日本でも人気を集める賃貸型市民農園「クラインガルテン」。発祥地ドイツのクラインガルテンの驚きの実態とは? その歴史や楽しみ方を探るべく、ライプツィヒにある世界唯一のクラインガルテン博物館を訪ねた。

クラインガルテンの歴史

ライプツィヒにある「ドクター・シュレーバー」クラインガルテンの地図。全部で160区画もある。

クラインガルテンの歴史は19世紀半ばに溯る。当時のドイツは産業革命の影響を受け、都市の生活環境の悪化や労働者の健康被害が問題となっていた。そんな時、ライプツィヒに住む医師、モーリッツ・シュレーバー博士が市民の健康回復のために提唱したのが、農園と子供の遊び場を備えた緑地空間。これがクラインガルテンの発端とされており、ドイツでは彼の名にちなんでシュレーバーガルテンとも呼ばれている。

1864年にライプツィヒに作られたクラインガルテンは、その後ドイツ全土や欧州各国に広まっていった。食糧難の時代や戦時中とも重なり、自給自足が可能な場としても期待されていたようだ。ドイツではどの町にもクラインガルテンがあり、大都市になると数も多い。意外なことに、郊外だけでなく街の中心部のアクセスが便利な場所でも見かける。都会のアパート暮らしでも手軽に庭を持てるというわけだ。

まるで秘密の花園。クラインガルテン(小さな庭)と呼ぶには大きすぎる気もする。

クラインガルテンはかつてドイツ鉄道が鉄道労働者のために積極的に整備したことから、線路の近くに多く見られる。私が初めてクラインガルテンを目にしたのも、電車の中からだった。もっともその時はクラインガルテンとは知らず、普通の住宅地だと思っていたのだけれど。クラインガルテンは日本語で「小さい庭」という意味だが、車窓から見えたのは、花々や畑が整備された大きな庭。素敵な庭付き一戸建て、といった風情だった。

世界唯一のクラインガルテン博物館

歴史的建造物に指定されている最古のクラインガルテン協会のクラブハウス。内部が博物館となっている。

ライプツィヒ中央駅からトラムで10分。最古にして現役のクラインガルテン協会のクラブハウス内に、世界唯一というクラインガルテン博物館(Kleingartenmuseum)がある(https://www.kleingarten-museum.de/)。常設展示では数多くの資料や写真、当時使われていた品々が展示され、約200年にわたるクラインガルテンの歴史をたどることができる。

ラウベの内部を再現した展示。なんとも居心地が良さそう。

協会が設立された当初、市民農園は子供用として作られた。アクティビティと健康のために子供たち自らが作業することになっていたが、彼らはもっと楽しい遊びを好み、実際は大人たちが作業をすることが多かったようだ。そうして家族用のクラインガルテンが作られるようになったという。

庭の小人、ガーデンノーム(ドイツ語でGartenzwerg)は実はドイツ発祥。クラインガルテンとともに広まった。
博物館のショップにあった花の種のカプセルトイ。素敵なお土産。

目玉の展示は、なんといってもクラインガルテンそのもの。そこは市民の憩いの場となっているようで、散歩をしながら趣向を凝らした庭々を眺めたり、子供用の遊び場で楽しんでいる親子連れの姿もみられる。

1890年から1924年に建てられたザクセン地方の歴史的なラウベ。

博物館のチケットがあれば、展示用の庭やラウベ(小屋)を見学することも可能だ。1900年当時を再現した庭には、りんごやベリーの他、たばこの木も植えられている。当時の人々は、自分でたばこを栽培し、葉を乾燥させて発酵させていたのだとか。

クラブハウス内にはレストランが設置され、暖かい時期にはビアガーデンもオープン。定期的にワークショップが開かれるなど、会員でなくても楽しめるスポットとなっている。

ドイツと日本のクラインガルテンはどう違う?

ハンブルクのクラインガルテン。地元のサッカーチームの旗が飾られているのが見える。

ドイツでは、クラインガルテンは非営利のクラインガルテン協会によって運営され、私設のクラインガルテンは存在しない。大枠の規定はクラインガルテン法という法律で定められており、例えば、土を覆っていい面積は区画の3分の1以下、区画の3分の1以上は野菜や果物を植えること、化学肥料の禁止、コンポストの設置などが義務付けられている。小屋には簡易キッチンやトイレを設置することも可能。基本的に宿泊することはできないが、会員の多くは近くに住んでおり、自宅の庭の感覚で頻繁に行き来しているようだ。

1区画は100平方メートル~500平方メートルとかなり大きい。3分の1を畑にしたとしても十分な広さだろう。あとのスペースは子供の遊び場を作ったり、芝生や池を作ったり、使い方は自由自在だ。

3分の1以上は野菜や果物を植える決まり。自給自足生活も夢じゃない。

さて、気になるのが料金。使用料は場所にもよるが、協会に払う会費が日本円で年間約3千円~というからびっくり! 光熱費などを合わせても年間3万円くらいだという。クラインガルテンはもともと、住環境の悪い低所得者層のために始まったサービスなため、誰もが手軽に借りれる料金に設定されているのだそう。

賃貸期間は基本的に無制限なので、なかなか空きが出ないところも多い。友人家族は待つこと数年で念願のクラインガルテンを手に入れた。約200平方メートルの敷地にキッチン付きの可愛いラウベ。リンゴやさくらんぼ、野菜やハーブなど、土地の気候や環境に合うものを無農薬で育てている。

休日には友人たちを呼んでガーデンパーティやバーベキュー。ひとしきり飲んで食べた後は、ゲームをしたりハンモックで昼寝したり、みんな思い思いにくつろいでいる。まるでどこか海外のリゾートにでもいる気分だ。ドイツ人は旅行好きなことで有名だが、彼らの余暇を楽しむことにかける情熱には本当に感心させられる。家からわずか10分のところにだって楽園を作ってしまうのだから。

* * *

環境破壊がきっかけで始まったクラインガルテンだが、現在は都市の緑化、地域の活性化、子供たちの成長の場、そしてストレスの多い社会での避難所としても大いに役立っているようだ。日本の事情は違えど、これからの時代にますます需要が高まっていくのではないだろうか。

・クラインガルテン博物館 https://www.kleingarten-museum.de/

文・写真/坪井由美子 ライター&リポーター。ドイツ在住10数年を経て、世界各地でプチ移住や語学留学をしながら現地のライフスタイルや文化、グルメについて様々なメディアで発信中。著書『在欧手抜き料理帖』(まほろば社)。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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