文・写真/坪井由美子(海外書き人クラブ/海外移住ライター)

ドイツ東部に少数民族ソルブ人が多く暮らすラウジッツと呼ばれる地域がある。ソルブ人とは、6~7世紀頃から移動を始め、ラウジッツに定住したといわれるスラブ系民族。独自の言語と文化を持ち、ベルリン郊外ブランデンブルク州のシュプレーヴァルトからザクセン州にかけて約6万人が暮らしているという。知られざるソルブ文化に会いに、中心都市バウツェンを訪ねた。

美しき塔の町、バウツェン/ブディシン

「塔の町」バウツェン。平和橋から眺める旧市街はまるで絵画のよう。

ドレスデンから電車で東に向かうこと約1時間。ホームに降り立つと、Bautzen(バウツェン)の駅名とともに見慣れない文字が並んでいた。この町では、看板や標識などがドイツ語とソルブ語の2言語で記されている。バウツェンのソルブ名は、ブディシン。チェコやポーランドに近い立地もあって、ドイツでありながらも外国にいるような、不思議な異国情緒が漂う町だ。

ドイツ語のバウツェンとソルブ語のブディシンが併記された中央駅。

たくさんの塔があるバウツェンは「塔の町」とも呼ばれている。15世紀に建てられたバウツェン最古の塔ライヒェントゥルム、城壁の一部となっているヴェンディッシュ塔やニコライ塔、教会の塔、市庁舎の塔、給水塔……。シュプレー川にかかるフリーデンス橋(平和橋)からは、塔が連なる旧市街を一望できる。雪化粧された城壁の町ははっとするほど幻想的で、寒さも忘れて見入ってしまった。

瀟洒な建物が並ぶ美しい旧市街。

バロックやロココ様式の建物が建ち並ぶ旧市街は中世さながら。異世界に降り立った気分で、高台にたたずむオルテンブルク城を目指す。

ソルブ博物館でソルブ文化に出会う

オルテンブルク城の一角にあるソルブ博物館。

オルテンブルク城内にあるソルブ博物館には3万5千点にもおよぶ収蔵品が所蔵されており、中世から現代にいたるソルブの歴史や人々の暮らし、芸術などを詳しく知ることができる。

とりわけ目を奪われたのが民族衣装のコレクション。繊細なレースやリボン、カラフルな刺繍が施された衣装はとても素敵で、すっかり魅せられてしまった。現代でも祝祭や特別なイベントの際に着ることが多いようなので、機会があればぜひ見てみたい。

ソルブの民族衣装は地域や未婚・既婚などによりバリエーション豊富。

雪の日の訪問者は私以外にはいないようだ。貸し切り状態の館内はとても静かで、時折受付にいるスタッフたちの話し声が聞こえてくる。ソルブ語だと思われる彼女たちのおしゃべりは、理解はできないもののなんだか心地良かった。

世にも美しいソルブのイースターエッグ

ソルブ博物館に展示されたカラフルなイースターエッグ。

ソルブ文化で一番有名なのが、精緻な装飾が施されたイースターエッグ。ドイツでは家庭や学校などでもイースターエッグを手作りすることがあるが、ソルブのイースターエッグは芸術品として評判が高い。バウツェンでは博物館や観光案内所などで購入できるほか、復活祭が近づくと実演やワークショップ、イースターエッグマーケットなども開催され、遠方からも多くの観光客が訪れる。

スクラッチ法で絵付けされた藍色のイースターエッグは特に人気が高い。
(C)Marketing Gesellschaft Oberlausitz-Niederschlesien/Sylvio Dittrich

ソルブの人々は様々な絵付け技術を使ってイースターエッグを作る。蝋で模様を描いてから卵に色を付けるろうけつ染めや、色付きの蝋で模様を描く方法のほか、近年は少なくなったエッチング法(染めた卵に模様を描き、その部分を溶剤で除去する)やスクラッチ法(染めた卵の染料を削り取って模様を描く)など手間のかかる方法もまだまだ健在だ。仕上げるのに数時間かかることもあるというイースターエッグが1つ数ユーロ~で販売されているのはわりに合わないような気もするが、ソルブの人々にとってイースターエッグ作りは仕事ではなく趣味なのだという。

民族のアイデンティティを守りながら、こつこつと受け継がれてきたイースターエッグ作り。小さな卵にこめられた様々な思い。なんて美しく、尊い卵なのだろう。

優しい味わいのソルブ料理

レストラン「Wjelbik」店内の美しいステンドグラス。

バウツェンでは、他所ではなかなか味わえないソルブ料理を楽しみたい。町で人気のレストラン「Wjelbik」を訪ねると、雪の日にもかかわらず地元の常連客で大賑わい。民族衣装を着た女将さんがにこやかに迎えてくれた。

地元産のピルスナービール。グラスにはステンドグラスがデザインされている。
ホースラディッシュソースがかかったソルブの牛肉料理。スローフード協会メンバーの同店では地産の新鮮素材を積極的に使用している。

ソルブの代表的な郷土料理だという「Hochzeitsessen(結婚式の料理)」は、根菜のブイヨンで煮込んだ牛肉にシュプレーヴァルト特産のホースラディッシュのソースがたっぷりとかかった1品。柔らかく調理された牛肉と地元産の新鮮な野菜に、ホースラディッシュのまろやかな辛みが絶妙のアクセントになっている。ちなみにバウツェンはマスタードも名物で、様々な風味のマスタードが並ぶ専門店もある。

初めて食べたソルブ料理は穏やかで優しい味わいで、この町で出会ったソルブの人々のようだと思った。

お腹も心もほくほくと温かくなって、雪のバウツェンを後にした。

* * *

ラウジッツ地域は長い歴史のなかで様々な国や政権下におかれ、かつてソルブ語が禁止された時代もあったが、現在はソルブ語のラジオや学校などもあり文化の保護活動が積極的に行われている。民族間の衝突が絶えず不穏な世界情勢が続くなか、異文化が融合するバウツェンの存在はとても頼もしく感じられた。

・バウツェン公式サイト https://www.bautzen.de/en/
・ソルブ博物館 https://sorbisches-museum.de/

文・写真/坪井由美子 ライター&リポーター。ドイツ在住10数年を経て、世界各地でプチ移住や語学留学をしながら現地のライフスタイルや文化、グルメについて様々なメディアで発信中。著書『在欧手抜き料理帖』(まほろば社)。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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