文・写真/坪井由美子(海外書き人クラブ/海外プチ移住ライター)
エッセンのツォルフェライン炭鉱を訪れたなら、誰もが思わず声を上げてしまうことだろう。私も感嘆のため息とともに、すごい! かっこいい! を連発してしまった。「世界一美しい炭鉱」というのは本当だった(世界中の炭鉱を見たわけではないが、それでもきっと)。
ドイツ最大の炭坑の誕生から終焉、世界遺産への道
ドイツ西部の町エッセン、と聞いてもピンと来る人は少ないだろうが、ルール工業地帯といえばなじみがあるはず。そう、社会科の授業で習ったあのルール工業地帯の中核都市がエッセン。企業家のフランツ・ハニエルが当地で石炭層を発見し、ツォルフェライン炭鉱を設立したのは1847年のこと。ルール地方で発達していった鉄鋼業とともに成長を遂げ、19世紀末にはドイツ最大の炭鉱となった。
第一次世界大戦後の1928年、技術面に加えて建築面でも一流の炭鉱になることを目指して建てられたのが第12採掘坑。機能性と芸術性が融合したバウハウス様式の立坑櫓は「世界一美しい炭鉱」のシンボルとして、現在も圧倒的存在感を放っている。
第二次世界大戦の被害が少なかったツォルフェラインは、戦後生産量が順調に回復。1961年には1日に1万トンもの石炭をコークスにできる最新鋭の工場が操業を始めたが、鉄鋼業の衰退とともにコークスの需要は減少。1986年には石炭採掘が停止され、1993年にはコークス工場も閉鎖された。
巨大な炭坑跡は、しかし廃墟への道は歩まなかった。閉鎖後はノルトライン=ヴェストファーレン州が跡地を購入し、産業遺産として保護の対象とし整備を開始。2001年に「ツォルフェライン炭鉱業遺産群」としてユネスコ世界遺産に登録された。
クールな産業遺産に生まれ変わった炭坑跡
現在ツォルフェラインは3つのエリア(第12採掘抗エリア、第1・2・8採掘抗エリア、コークス工場エリア)で構成される複合文化施設となっている。約100ヘクタールもある敷地内にはミュージアムやデザインセンター、カフェ、レストラン他様々な施設が点在。貸し自転車やミニトレインも用意されているほど規模が大きく、全てをじっくり見ようと思ったら丸一日あっても足りないほど見所が満載。建築やデザインに興味があるなら、レッドドットミュージアムや、日本人建築ユニットSANAA設計のデザインスクールも見逃せない。
工場エリアでは、コンサートやフェスティバルなどのイベント、遊園地やアイススケートリンクなど季節の催しも盛ん。稼働が止まった炭坑は、唯一無二のエンターテイメント場として生まれ変わり、今も進化を続けている。
世界一美しい炭鉱で、世界一おいしいビールをのむ
ツォルフェライン見学のメインとなるのは、第12採掘抗エリアにあるルール博物館だろう。ルール地方の産業や歴史、自然に関する展示内容もさることながら、建物自体も見ごたえたっぷり。入り口へは、巨大な建物の外に設置された長い長いエスカレーターでアクセスするのだが、高所恐怖症ということも忘れてワクワクしてしまった。
内部もすごい。かつての工場を利用した広い空間には当時使われていた重機などがそのまま残されており、炭鉱が稼働していた頃に思いを馳せることができる。博物館へと続く階段はモダンな雰囲気で、燃える石炭を思わせるオレンジ色の照明が印象的。建築・デザイン好きにはたまらない。
興奮を鎮めるため、工場内のカフェでひと休みすることにした。メニューに書かれた「世界一のビール」とは、エッセンが誇る地ビール「Stauder」のこと。滞在中は街のレストランやイベント会場などで何杯も飲んだが、炭坑で飲んだ一杯はなんだかほろ苦く、格別に味わい深かった。
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停留所で帰りのトラムを待ちながら、最後にもう一度第12採掘坑立坑櫓を見上げた。この美しき遺産が、戦後の大変な時代に、芸術とは遠い世界にありそうな炭坑という場で生み出されたことに驚愕してしまう。当時の炭鉱労働者たちはどう思っていただろう……彼らは、建築だとかバウハウスだとかには興味がなかったかもしれない。だとしても、暗い地下の坑道で過酷な作業を終えてこの櫓を見上げた時、理屈抜きに美しいと感じたのではないか。そうだといいなと思った。
■ドイツ観光局 https://www.germany.travel/en/
■エッセン観光局 https://www.visitessen.de/
■ツォルフェライン炭鉱業遺産群 https://www.zollverein.de/
文・写真/坪井由美子
ライター&リポーター。ドイツ在住10数年を経て、世界各地でプチ移住しながら現地のライフスタイルや文化、グルメについて様々なメディアで発信中。著書『在欧手抜き料理帖』(まほろば社)。「海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。