文・写真/福成海央(海外書き人クラブ/オランダ在住ライター)

とある古城をめざす旅

サライ読者の中には、若い頃ユースホステルを渡り歩いて旅をしていた、いわゆる「ホステラー」の方もいるのではないでしょうか。安く安全に宿泊でき、他の宿泊者やオーナーとの交流も楽しめるユースホステル。日本では1970年代から80年代にかけて、特に若者バックパッカーたちの人気を集めました。そんなユースホステル発祥の地は、実はドイツのとある古城にあります。

それは、1人の教師の熱意から始まった

川沿いに並ぶ街並みと、丘の上に建つアルテナ城。

ドイツ中央部、レンネ川に沿うように広がる人口1万6千人ほどの小さな町「アルテナ」。工業都市もしくはサッカーチームで有名なドルトムントから、車で30分ほどのところにあります。町に入ると丘の上に大きな城がそびえ立っているのが目に入ります。これがここのシンボルである12世紀に建てられた「アルテナ城」。そして世界初のユースホステルです。

ユースホステルの創設者は、リヒャルト・シルマンという小学校教師でした。シルマン氏は「教育には机上の説明だけではなく、野山に出て観察や体験をすることが大事」と考え、子どもたちを連れ出し野外での教育活動を行いました。そして1909年8月、ルール地方を8日間にわたって歩きながら学ぶ学習旅行を実施します。しかし天候が悪化。雷雨の中、近くの農家に助けを求めましたが、拒否されてしまいます。結局、やっとのことで許可を得ることのできた学校の片隅で一晩を過ごしたのです。

彼はこの経験から、ドイツ各地で休暇中の学校など、若者の教育旅行を受け入れてくれる安全な拠点が複数あると良いと思い付き、ユースホステルという仕組みを考案しました。そして1912年に世界で初めて創設されたのが、ここアルテナ城だったのです(正式なオープニングセレモニーが開催されたのは1914年ですが、1912年の時点ですでにユースホステルとして活動を始めていたようです)。

今も残る110年前の宿泊部屋

ユースホステル博物館の入口。

実はこの世界初のユースホステルは、現在もアルテナ城に残されています。「ユースホステル博物館」として、宿泊部屋、食堂を見学することができます。またヘルマン氏が愛用していた靴やカバン、こどもたちと歌を歌った歌集やギターなども展示されています。

宿泊部屋に置かれたベッドの設計図。シルマン氏自ら設計を手がけたそう。
徒歩旅行の相棒であったカバンと靴。
食堂は広く、天井も高い。奥に調理場がある。
食堂の隅にある調理場。この備え付けかまどの他に、もうひとつ別のかまどがあった。大人数の調理に対応していた様子が伺えます。

宿泊部屋には天井いっぱいまで2段もしくは3段ベッドが並び、食堂に比べるとやや薄暗い雰囲気。しかし番号の書かれたベッド、上着掛けのフック、荷物を入れる大きな箱。そういった当時の子どもたちの様子を想像する手がかりになるものがそのまま残り、タイムスリップしたかのような不思議な感覚に包まれます。

宿泊部屋にずらりと並ぶベッド。
ベッドには一台ずつ番号が振られています。
まるで海賊の宝箱のように大きな箱が。

思っていたよりもずっと広く、まさにクラス全員が泊まれるような規模感。ベッドには当時を再現した「わらを詰めた布団」が置かれており、当時の寝心地を体験することもできました。

横で解説映像の流れるこのベッドでは、「靴を脱いで実際に寝転んでみましょう」とあります。
宿泊部屋に設置されている暖房器具。おそらくこれも当時のままではないでしょうか。

石造りの城ということもあり、ひんやりとした雰囲気はありますが、しっかりと安全に過ごせる場所という印象。雷雨だろうと強風だろうと、先生と子どもたちで安心して夜を明かすことができたでしょう。

ちなみにアルテナ城の他の部分は有料の博物館となっています。こちらも非常に見ごたえのある素晴らしい展示で、地域一帯の地質や化石、古代の製鉄技術、城の住人たちの歴史、魔女裁判が行われた地下牢など見どころが盛りだくさんでした。

現役のユースホステル・アルテナ城に泊まる

アルテナ城は、現在もユースホステルとして営業しています。私たち家族、つまり私と夫と小学生の3人の子どもたちは、2022年秋にこのアルテナ城ユースホステルに3泊しました。現在ユースホステルとして使われているのは城門の一部と、門外にある19世紀末に建てられたかつての門番の屋敷で定員は60名。私たちが泊まったのは後者の屋敷にあるファミリールームです。

ユースホステルとして営業している屋敷。

室内には2段ベッドが3台と、洗面台、ロッカーがあり、内装は非常に近代的。丘の上にあるので、町を見おろす眺めです。シャワーとトイレは共用。シーツ類は地下のリネン室から各自持ってきてベッドを整えます。もちろんチェックアウト時には、それらを指定の場所に返します。

ファミリ―ルームの内部。今回は6人部屋を家族5人で利用。各ベッドにはコンセントや読書灯も完備されています。

館内には飲食スペースがあり、自由にお茶やコーヒーが飲めるようになっていました。壁には、ヘルマン氏と、彼をサポートしユースホステルの普及に努めたザウワーラント山岳協会のウィルヘルム・ミュンカー氏の肖像画が飾られています。

施設によっては禁酒のユースホステルもありますが、ここではアルコールも販売していました。湯沸かしポットと電子レンジもあり便利。

通常、ヨーロッパのユースホステルは1泊朝食付きのことが多く、夕食は別で注文することもできます。しかし残念ながらこの日は夕食の提供自体がなかったため、私たちは町のケバブ屋さんで、ポテトやソーセージなどドイツ風ファストフードを買ってきて、飲食スペースで食べることに。ちょうど学校の秋休み時期だったため、私たちの他にも似たような親子連れが3組ほど宿泊していました。みなそれぞれテイクアウトしてきた食事を持ち込み賑わいます。話をするとほとんどがドイツ国内からの旅行者でした。

食後は置いてあるボードゲームを家族で楽しんだり、出会った者同士でおしゃべりをしたりと、時代は変わってもユースホステルならではの光景が広がります。しかしかつての日本のユースホステルでよく見られた「ミーティング」や「ティータイム」と呼ばれる、ユースホステルのオーナーと宿泊者が集い、歓談や情報交換をするような時間は特にありません。

朝食は城門にあるメイン食堂へ向かいます。

城門の扉。

ここには食堂の他に事務所と別の宿泊部屋があります。朝食はパンとシリアル、ハムやチーズ、果物やヨーグルトなどが並ぶビュッフェスタイル。食事が終わると、ゴミや食器類を指定された方法で各自が片付けるのも、ユースホステルならではの光景です。

白い壁の部分が食堂。その上の屋根部分に見える窓が宿泊部屋。
城の案内図。右側が城門の入り口。Aが食堂のある現役ユースホステル。Dが110年前のユースホステルが保存されている博物館。

アルテナの街に残るヘルマン氏の功績

さてユースホステルの歴史を、見て・泊まって体感できるアルテナ城ですが、アルテナの街中にもヘルマン氏の功績を讃えるものがありました。城門からまっすぐ続く急な坂を下ると、降りきったところにひとつの人物像が見えます。ヘルマン氏の石像です。アルテナ城の方向を指し、まっすぐ先を見据え、土台の周りには世界各国のユースホステルから寄せられたメッセージが埋め込まれていました。

アルテナ城の方向を指さすヘルマン氏の石像。
日本ユースホステル協会からのメッセージもありました。

このアルテナというドイツの小さな町で、ひとりの教師の熱意から始まったユースホステル。二度の世界大戦など多くの時代のうねりに合いながら、100年以上たった今も世界中にそのネットワークは広がっています。

現在は世界75か国に3000軒以上。日本にも北は北海道から南は沖縄まで全国に約200軒あります。その名称から若者だけが泊まれる施設と思われることもありますが、実際には宿泊者の年齢制限はありません。私たちのように家族連れで利用する人、夫婦二人旅、もちろん一人旅のバックパッカーも、利用者の年齢層や旅の目的はさまざまです。

かつてのホステラーもそうでない方も、新たに楽しむ旅の形としてユースホステルという選択肢もありかもしれません。その際にはぜひ、その歴史にも思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

宿泊したユースホステルのスタンプを貯めていくスタンプ帳。

国際ユースホステル協会 https://www.hihostels.com/
日本ユースホステル協会 http://www.jyh.or.jp/
アルテナ城ユースホステル https://www.jugendherberge.de/jugendherbergen/altena-burg-343/portraet/

文・写真/福成海央(オランダ在住ライター)
2016年よりオランダ在住。元・科学館勤務のミュージアム好きで、オランダ国内を中心にヨーロッパで訪れたミュージアム、体験施設は100か所以上。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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