文・写真/坪井由美子(海外書き人クラブ/ドイツ在住ライター)

華麗なるバロック宗教都市、フルダ

市宮殿の後ろに広がる庭園。奥に見えるのは美しいオランジェリー

文豪ゲーテ所縁の地を結んだケーテ街道8都市横断の旅。先の記事(「文豪が愛した町を食べ歩く!ゲーテ街道横断グルメ旅(ドイツ)」https://serai.jp/tour/1043112)で紹介したフランクフルト、ヴェッツラーに続く第3の町、フルダに降り立った。ゲーテがしばしば立ち寄ったという、バロック建築に彩られた宗教都市だ。

天井までびっしりと埋め尽くされた鏡の間

バロック地区で優雅なたたずまいを見せる市宮殿を見学。贅を尽くした大広間や煌びやかな鏡の間、花と緑あふれる庭園……。この豪華絢爛な城の一部は、現在は市議会として使われていると聞き驚いた。

堂々たる佇まいの大聖堂。聖人ボニファティウスの墓がある

宮殿と向かい合うように建ち、圧倒的な存在感を放っているのが、街のシンボルの巨大な大聖堂。地下にはドイツにキリスト教を伝え広めた聖ボニファティウスが眠るため、多くの巡礼者がやってくる。

ゲーテの定宿? ホテル「金鯉亭」でゲーテメニューを味わう

ゲーテの定宿として紹介されることもある「金鯉亭」

地元のガイドさんの話によると、実はゲーテはバロック様式が好みではなかったという。ではなぜ、何度もフルダを訪れたのだろう?

当時、旅の交通手段だった郵便馬車は一日の走行距離が決まっており、長距離旅行の際は途中で泊まらなければならなかった。ゲーテの故郷フランクフルトと赴任地ワイマールの中間地点にあるフルダは、郵便馬車の停泊地となっていた、というわけだ。

ゲーテが泊まっていた郵便馬車宿があったとされる場所では、現在「金鯉亭(Goldener Karpfen )」という名のロマンティックホテルが営業中。名物オーナー姉妹によるホスピタリティとグルメレストランが評判を呼び、国内外から多くのゲストが訪れる。

金鯉亭のラウンジ。年代物の調度品や暖炉がムーディーな雰囲気

レストランでいただいた「ゲーテ・メニュー」は、個人的にフルダのハイライトとなった。ゲーテにちなんだお品書きは次の通り。

・サーモンのフランクフルト風グリーンソースがけ
・ゲーテの母風コンソメスープ
・鱒のディルソースがけ
・牛の煮込み、ホースラディッシュソースと、庭の新鮮野菜とポテト炒め
・ワーマール風リンゴのフライ、バニラソースとアイス添え

ホースラディッシュの風味が爽やかな牛の煮込み。ワインはラインガウのリースリング

前菜からデザート、食後のコーヒーとともにいただいたプティフールまで、味も盛り付けも繊細で、おすすめのワインも含めてすべてが素晴らしかった。

一人でフルコースを楽しむ旅行者が珍しかったのだろう。隣席の常連家族と話が弾んだのも良き思い出。御年90歳という御婦人は、私に強いお酒を勧めながら、「あなたの話を聞いて、いつか日本に行ってみたくなったわ!」と喜々としておっしゃった。

バッハが生まれ、ルターが暮らしたアイゼナハ

アイゼナハの誇り、ルターの像

フルダから電車に乗って約1時間で到着した第4の町は、テューリンゲンの森に囲まれたアイゼナハ。偉大な音楽家、ヨハン・セバスチャン・バッハが生まれ、若き日のマルティン・ルターが暮らした浪漫あふれる町だ。

バッハ一族が暮らした家は、隣接するモダンな新館とともに博物館として公開されており、貴重なコレクションや音楽が楽しめる。

バッハ博物館ではスタッフによる古代楽器の演奏を聴くことができる

バッハの家から歩いてすぐの場所には、ルターが1498年から3年ほど下宿していた家がある。アイゼナハで過ごした学生時代から約20年後、ルターはプロテスタント誕生のきっかけとなる宗教改革の中心人物となり、ドイツのみならず欧州の歴史に大きな影響を与えることとなった。

異端者としてカトリックから破門されたルターは再びアイゼナハに戻ることになる。彼を庇護したのが、山上にそびえるヴァルトブルク城だ。

【世界遺産】ドイツ史の舞台となったヴァルトブルク城   

テューリンゲンの森を望む山上にそびえるヴァルトブルク城

1521年から1522年にかけての10か月間、ルターはヴァルトブルク城の一室にこもり、新約聖書のドイツ語翻訳を成し遂げた。

ルターが暮らした質素な小部屋

ドイツ史に深く関わってきたヴァルトブルク城は、1999年に世界遺産に登録されている。

13世紀初めにはミンネゼンガー(宮廷恋愛歌人)による歌合戦が繰り広げられ、その様子はワーグナーのオペラ『タンホイザー』でも描かれた。ルートヴィヒ4世の妃となったハンガリー王女エリザベートの生涯を描いた壁画や、モザイクが輝くエリザベートの間など、ドイツの歴史と文化を語るうえで欠かせない伝説の舞台が、今も息づいてここに存在することに、思わず感嘆の声がもれる。

絶景の古城ホテルで美食三昧

ヴァルトブルク城の一部ともいえる古城ホテル「Auf der Wartburg」

今回は幸運なことに、ヴァルトブルク城に隣接する古城ホテルに泊まることができた。朝、昼、晩それぞれに違った顔を見せてくれる城の魅力と絶景を堪能できたのはもちろんのこと、特筆すべきは何といっても食事の素晴らしさ。

テューリンゲンの森を眼下に望むレストランで、ヴァルトブルク・メニューという3皿からなるコースをいただいた。

じっくり煮込まれた猪肉にワインがすすむ

前菜のクレソンのクリームスープに続くメインは、猪肉の煮込み。テューリンゲン名物のクロース(じゃがいも団子)と赤キャベツ煮込みを添えて。森の多いドイツでは、ジビエ料理もよく食べられる。

ヴァルトブルク城の名を冠したチョコレートケーキ

デザートは通常のメニューの代わりに、同店で人気が高いというヴァルトブルク・トルテをいただいた。ヴァローナ社のマンジャリ64%クーベルチュールを使用したチョコレートムースは、濃厚ながらも口当たりがよく、食後でもするっとお腹に収まってしまった。

ルターの宗教改革500周年記念ボトル。重みのある赤

食事とともにサーブされたワインは、2017年の宗教改革500周年を記念して造られたという貴重な赤。ボリューミーな肉料理にも負けない力強さが印象的なフルボトルだ。

素晴らしい料理とワインですっかりほろ酔い気分になり、興奮冷めやらぬまま眠りについたのだが、翌朝もまた心躍る朝食が待っていた。

地産素材がふんだんに使われた朝食ビュッフェに大興奮

美しく盛り付けられた種類豊富なチーズ、ハムにソーセージ、フルーツ、焼きたてのパンやケーキまで、どれも新鮮で丁寧に作られていることがうかがえる美味しさだった。

世界遺産ヴァルトブルク城、絶景、美食。まさに夢のような体験。古城ホテルというと敷居が高そうだが、気取りがない温かいサービスと思いのほかお手頃な宿泊費が嬉しい。ここに泊まるためだけにアイゼナハへ、いや、ドイツへ行く価値がある。そう思わせてくれる特別な宿へ、ぜひ訪れてみていただきたい。

ドイツ観光局 https://www.germany.travel/jp/
フルダ観光局 https://www.tourismus-fulda.de/home.html
金鯉亭(ホテル・レストラン) https://www.hotel-goldener-karpfen.de/
アイゼナハ観光局 https://www.eisenach.info/
ヴァルトブルク城 https://www.wartburg.de/de/die-wartburg.html

文・写真/坪井由美子 ドイツ在住ライター。旅行、グルメ、文化などの分野において新聞、雑誌、ウェブ媒体で執筆。レシピ連載や食のリサーチも手掛ける食いしん坊。2020年『在欧手抜き料理帖』(まほろば社)出版。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。

 

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