文・写真/大野絵里佳(海外書き人クラブ/アメリカ・アラスカ在住ライター)

校庭や公園などで見かけることがあるトーテムポール。様々な動物が積み重なるその個性的な姿が印象には残っているものの、元来の意味や歴史を知る機会は少ないのではないだろうか。

ここでは、アラスカからカナダに跨る北西沿岸先住民の築いたトーテムポールの世界についてご紹介したい。

クマやワタリガラスなど先住民の伝説が描かれたトーテムポール(アラスカ州シトカ)

謎多きトーテムポールの起源と辿った歴史

トーテムポールはアメリカ北西沿岸先住民が建てた大型の彫刻柱だ。この文化は、トリンギット族(Tlingit)、ハイダ族(Haida)に代表されるアメリカ及びカナダの北西沿岸先住民によって築かれ、その文化圏は東南アラスカからカナダのブリティッシュ・コロンビア州、さらに南のワシントン州までの沿岸に及ぶ。世界有数の温帯雨林として知られるこの地域では、巨木が茂る森とそれによって育まれた豊饒の海に囲まれ、古くから人々が豊かな生活を送ってきた。トーテムポールはそんな彼らの文化を今に伝える歴史的な遺物としての役割も担っている。

“歴史的な遺物”として扱われるトーテムポールだが、その起源は未だ謎が多い。それというのも主にレッド・シダーの巨木を使って製作されるが、多雨地域の屋外に建てられるという条件から、長くても100年前後の寿命であり、そもそもトーテムポールを建てる目的は、建てることそのものにあり、保存・維持は予定されておらず、むしろ朽ちて土に還ることを目的としているものさえあるからだ。現在見られるトーテムポールのほとんどは、博物館に収蔵されているもの、または現代に製作されたものがほとんどで、古いものでも19世紀後半から20世紀前半に作られたものである。

1860年代製作とされるトーテムポール(ブリティッシュ・コロンビア大学人類博物館所蔵)

最古の記録としては、1778年3月のイギリス海軍のジェームズ・クック船長のものが挙げられ、そこにはバンクーバー島(カナダのブリティッシュ・コロンビア州)の先住民の住居の中に大きな彫刻柱があった、とあり、これは家屋の中に建てられる「家柱(かちゅう)」として分類されるトーテムポールだと考えられている。

クック船長の報告書に描かれた先住民の住居内、顔のついた柱が見られる

いつ、どこで製作されるようになったのかは不明だが、最盛期は1830~1860年代と考えられている。これは先住民がヨーロッパ人と行った交易による要因が大きいとされ、主な交易品だったラッコの減少と天然痘による人口減少が要因となり衰退していく。そして、追い打ちをかけたのが1880年代から始まった同化及びキリスト教化政策だ。伝統的な儀礼が禁止され、先住民独自の文化と社会形成が衰退していくなか、トーテムポールの文化もその例外ではなかった。

トーテムポールが再び製作されるようになるのは、1950年代になって先住民の伝統文化の復興活動が始まってからになる。

なぜトーテムポールは作られたのか

トーテムポールの建立には様々な目的がある。民族によって一様ではないものの、伝統的なトーテムポールは個人の出生や、記録すべき行事・事件などが題材となっている。一方、一族の歴史を記録する役割もある。トーテムポールの文化を持つ先住民社会にはクラン(Clan)と呼ばれる氏族制度があり、ワタリガラスやハクトウワシ、クマなどといった一族を象徴する生き物を持つ。祖先は動物の化身であった、という伝説からそれぞれのクランを代表する生き物を彫ることで一族の出自を伝えてきたのだ。また、トーテムポールは富の象徴でもあった。作ること自体に財力が必要であるし、建立の際は大規模な伝統行事で多くの招待客をもてなさなければいけないからだ。

このように、文字をもたなかった北西沿岸先住民にとって、トーテムポールは彼らの歴史を後世に伝えていく大切なツールだったと考えられている。

トリンギット族のワタリガラスの伝説を表すトーテムポール(アラスカ州ケチカン)

墓標やはずかしめの役割も。トーテムポールの種類とは

地域や民族によって異なるので、全ての分類があてはまるわけではないが、多くが家屋に付随する柱(付属柱)と屋外に建てる柱(独立柱)の2種類に大別される。

付属柱
1.家柱…屋根を支える大黒柱のような役割
2.家屋柱…家の正面の壁と一体となっているポール

家屋柱のうち出入口が設けられたものは「入口柱」とも言う(アラスカ州ケチカン)

独立柱
1.記念柱…氏族長等が亡くなった時や大きな事件や出来事などを記念するポール
2.墓標柱…氏族長等が亡くなった時に建てる墓石のような役割
3.墓棺柱…墓標と棺を兼ねているポール
4.はずかしめのポール…個人や集団に宛て、請求する役割
5.領域柱…漁業権や採集権を主張するポール
6.歓迎者柱…行事の際に招待客を歓迎する意を表す

ハクトウワシを象った墓標柱(アラスカ州ケチカン)
3人の女性を表す3匹のカエルが飾られているはずかしめのポール(アラスカ州ランゲル)
村の入口付近に置かれる歓迎者柱(ブリティッシュ・コロンビア大学人類博物館所蔵)

個性豊かなトーテムポール

ここで筆者が出会った個性的なトーテムポールをご紹介したい。

民族ごとに異なる意匠が施されるトーテムポールだが、ハイダ族のものにのみ見られるのが帽子をかぶった“ウォッチマン”と呼ばれる小さな人間だ。家屋柱として設置され、村や家に危険が迫った時に頂上のウォッチマンが知らせてくれると考えられた。写真は1人のみだが、なかには複数のウォッチマンが置かれるトーテムポールもあるという。

上からウォッチマン、座っているワタリガラス、ワタリガラス、動物を咥えるクマ(アラスカ州シトカ)

先住民と白人との文化の相違が見られるトーテムポールがある。1869年、リンカーン大統領時の国務長官であったシーウォードが、ロシアより買収しアメリカ領になったばかりのアラスカを訪問。先住民は最大限の敬意を持ってもてなしたが、それに対する返礼がなく、そのことを人々に忘れさせないために建てた、と伝えられている。先住民社会では、歓待に対する返礼は当たり前で白人はそのことを理解していなかったのだ。

シーウォード国務長官のはずかしめのポール(アラスカ州ケチカン)

アラスカを舞台に、多くの写真と文章を残した星野道夫氏の記念トーテムポール。2008年に建てられ、上からグレイシャーベア、クジラ、カリブー、ワタリガラス、一番下にカメラを持った星野氏が彫られている。

星野道夫トーテムポール(アラスカ州シトカ)

トーテムポールの未来

先述したとおり、製作当時の姿を残す歴史的価値のあるトーテムポールの多くは博物館に所蔵されているもので、屋外に置かれているものの多くは複製だ。世界遺産に登録されているスカン・グワイ(カナダ・ハイダグワイ、旧名:クイーンシャーロット諸島)が、唯一、当時のまま残された“朽ちてゆく”ハイダ族のトーテムポールを見ることができる場所となっている。朽ちて土に還るという本来の目的と、博物館で保管し伝統文化を守るという目的。後世に生きる者としては、なるべく多くのトーテムポールが見たいものだが、製作当事者にとって矛盾とも言える課題を抱えているのかもしれない。

カナダ20ドル札にもデザインされた「ハイダ・グワイの精神」(カナダ・バンクーバー国際空港)

一方、現代におけるトーテムポール製作において、先住民コミュニティで新たな作り手の育成が行われてきた。製作目的として、亡くなった家族を記念するもの、公共施設の開館時、友好都市への贈呈、博物館・美術館の依頼等があり、様々なトーテムポールを生み出している。民族アイデンティティを象徴するものとしてだけでなく、芸術作品としての評価も高く、トーテムポール以外の彫刻作品を生み出し、現代社会とより密接した存在となっている。

ブリティッシュ・コロンビア大学人類博物館(UBC Museum of Anthropology):https://moa.ubc.ca/ (英語)
シトカ国立歴史公園(Sitka National Historical Park):https://www.nps.gov/sitk/index.htm (英語)
トーテム遺産センター(Totem Heritage Center):http://www.ketchikanmuseums.org/ (英語)
トーテム・バイト州立歴史公園(Totem Bight State Historical Park):http://dnr.alaska.gov/parks/aspunits/southeast/totembigshp.htm (英語)
サックスマン・トーテム公園(Saxman Totem Park):https://www.alaska.org/detail/saxman-totem-park (英語)

文・写真/大野絵里佳(海外書き人クラブ/アメリカ・アラスカ在住ライター)2019年よりアメリカ・アラスカ州在住。猫と犬と一緒に、のんきでワイルドな日々を過ごしています。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/

 

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