食材としてつとに評価の高い和牛。最近は脂身の少ない赤身が求められる傾向にある。その旨さを引き出す名料理人の技を知り、家庭で実践できるとっておきの調理法を学ぶ。
薪の熾火で時間をかけて旨さを引き出す
焼き上がった肉の表面は、茶色というより黒い色をしている。カットした断面に肉汁の滲みはなく、美味しさのすべてが閉じ込められているのだろうと想像できる。
口にすると、焼き色から連想する焦げた味は微塵も感じられない。凝縮した香ばしさと、程よい弾力。決して固くはなく、心地のよい歯ごたえだ。噛むほどに溢れ出る肉汁がソースとなり、口の中でひとつの味わいが完成されていく。
店内に設えた暖炉で、薪まきの熾火(おきび)を使って肉を焼くのはシェフの渡邊雅之さん(53歳)。薪を使うのは、厚みのある赤身牛を焼くのに適しているからだという。
「森を育てるために伐採している間伐材を使っています。森を育てていく考えに共感しています」
頭数の少ない貴重な牛
肉は「土佐あかうし」。高知県で育てられる褐毛(あかげ)和種で、アミノ酸の含有量が多く、しっかりとした旨みがある。薪の熱は、この土佐あかうしなど赤身の肉を焼くのに適していると渡邊さんは話す。
肉の温度変化による劣化を最小限にするため、冷蔵庫から取り出すとすぐに肉を切り、焼いていく。薪の熾火の上に置いたグリル板の上で、肉を頻繁に動かしながら、薄い焼き色を幾重にも重ねていく。その結果が黒い焼き色だ。通常、肉を焼いた後は休ませてから切らないと肉汁が出てしまうが、この焼き方では焼きたてを切っても肉汁が出ない。旨みを最大限に引き出された焼きたての肉を、すぐに口にできるのだ。
この肉を食べる前におすすめしたいのが、「土佐生姜のスパゲティ」。ふんだんに入った生姜が消化を促してくれる。
ヴァッカロッサ
取材・文/浅妻千映子 撮影/福田栄美子
※この記事は『サライ』2022年9月号より転載しました。