文・写真/角谷剛(米国在住ライター / 海外書き人クラブ )

2021年2月19日、就任間もないバイデン米国大統領は公式に声明を発表し、第2次世界大戦中に日系米国人を収容したことを「米国史上で最も恥ずべき時期の一つ」と表明し、米国連邦政府が公式に謝罪することをあらためて再確認した。

米国政府公式声明全文:https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2021/02/19/statement-by-president-joseph-r-biden-jr-on-the-day-of-remembrance-of-japanese-american-internment/

この日から79年前、フランクリン・ルーズベルト大統領が署名した大統領令により、全米各地で10万人以上の日系米国人が家や仕事を追われ、数年間に渡って強制収容された。10か所の収容所のうち最大のものがカリフォルニア州マンザナーにあった。現在この土地には当時の歴史を伝える博物館が建っている。

 75年振りに帰宅したある日系人の遺骨

万年雪を頂くシエラネバダ山脈
Sierra Nevada in CA” by westernlandscapes is marked under CC PDM 1.0. To view the terms, visit https://creativecommons.org/publicdomain/mark/1.0/

マンザナーはカリフォルニア州のほぼ中央、シエラネバダ山脈の麓に広がる砂漠の中にある。夏になると最高気温が40度以上になることも珍しくなく、冬には氷点下まで冷え込むこともある、美しいが過酷な気候の土地である。ロサンゼルスから北へ約350キロ、約3時間のドライブだが、周りに大きな町もなく、訪れる人はさほど多くはない。

2020年12月、このマンザナー近くの山中で発見されたある男性の遺骨が、75年振りにサンタモニカの遺族の元に帰った。遺骨は地元警察のDNA調査により、1945年に行方不明となったままだったギイチ・マツムラさんと判明している。マツムラさんは広島に原爆が投下される4日前、収容されていたマンザナーからシエラネバダ山脈最高峰のウィリアムソン山に向かったとされている。それ以来マツムラさんの姿が発見されることはなかった。

サンタモニカで造園業を営んでいたマツムラさんは日本生まれながら、移民として渡った米国に忠誠を誓った市民でもあり、愛国者でもあった。第1次世界大戦の際に兵役登録をし、第2次世界大戦が始まって数か月後の1942年2月14日には再登録をした。ところがそのわずか5日後にフランクリン・ルーズベルト大統領は日本をルーツに持つすべての米国人の強制収容を命令。マツムラさんが妻と4人の子供を連れてマンザナー収容所に移動するまでに与えられた時間は1週間しかなかった。家を失った家族が携行できたものは1人につき1個のスーツケースのみだった。収容所では1つのバラックに、複数の家族が同居する苦しい生活が待っていた。

日系人排斥の歴史を伝える展示物

博物館の外観
Acroterion, CC BY-SA 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0, via Wikimedia Commons

マツムラさん家族に降りかかった災難は「米国史上で最も恥ずべき時期」に起きた数多くの悲劇の1例に過ぎない。1万人を越える日系人が収容されたマンザナーの跡地に建てられた歴史博物館は、2010年から公開が始まったばかりのまだ真新しい建物だ。館内には収容所内の生活を写した写真や記念物が多く展示されているが、それよりも日本人訪問者の胸を突くのは、日系人を排斥した当時の新聞や写真の記録ではないだろうか。

そこには、現在ではけっして口にすることが許されない差別用語が新聞の見出しに書かれていたり、家の壁に落書きされていたりするのだ。窓を投石で割られた家の前にたたずむ家族写真には幼い子供たちの姿もあった。日本人であるという、ただそれだけを理由に向けられた強烈な敵意には言葉を失ってしまう。時と場所が違えば、その敵意は自分自身や家族に向けられたものかもしれないのだ。博物館に足を踏み入れた途端にショックで立ちすくみ、その場から動けなくなってしまった日本人女性を筆者は知っている。

現在も繰り返される人種差別。教訓は生かされるか

収容者を監視した塔の跡
Thomas Swan, CC BY-SA 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0, via https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0, via Wikimedia Commons

昨年から米国内ではアジア系を標的にした暴力事件が頻発している。8人が亡くなったアトランタでの銃撃事件(そのうち6名がアジア系女性)は記憶に新しい。それ以外にも、アジア系の特に老人を背後から突き倒すなどの悪質な犯罪が次々と明るみに出て、大きな社会問題となっている。

背景には新型コロナウイルスがあるとも言われているし、それだけではないとする意見もある。そうした議論に関わりなく、理不尽な暴力にさらされた、あるいはその可能性に怯えているアジア系の人々が米国内に多くいることは残念ながら事実である。勿論それは我々日本人にとってもけっして他人事ではない。

ただ救いがあるとしたら、現在の米国では圧倒的に多数派のメディアも世論もアジア人への暴力を許容していないということだろう。SNSでは#StopAsianHateのハッシュタグが溢れ、米国上院議会は超党派大多数(賛成94、反対1)によってヘイトクライムを取り締まる法案を可決した。

現在の我々とは違い、当時の日系米国人は社会全体から排斥されていた。彼らが通り抜けた辛酸は我々の想像の外にある。マンザナーはけっして訪ねて心楽しい場所ではないが、2度と繰り返してはならない過ちがあったことを思い出させてくれる。

「マンザナー・アメリカ合衆国国定歴史建造物」(Manzanar National Historic Site)
住所:P.O. Box 426
5001 Highway 395
Independence, CA 93526
電話:(760) 878-2194  x3310
公式ホームページ: https://www.nps.gov/manz/index.htm

文・写真/角谷剛
日本生まれ米国在住ライター。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。

 

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