文・写真/佐藤モカ(海外書き人クラブ/イタリア在住ライター)

世界遺産都市フィレンツェ。数々の芸術作品や美しい街並みを誇るこの街で、街のシンボルは? と聞かれれば誰もが迷いなくドゥオモの名を挙げるだろう。

ドゥオモ、別名は花の大聖堂。映画「眺めのいい部屋」や「冷静と情熱のあいだ」など様々な作品で取り上げられるこの大きな教会は、完成まで140年という歳月を要したルネサンス期を代表する建築物である。

フィレンツェのシンボルと言えば、花の大聖堂のドーム型天井。

ドゥオモの特徴はなんといっても、赤いレンガ造りの巨大なドーム型天井だ。高さ100m以上もあり石積みのドームとしては現在でも世界最大。フィレンツェと聞いて誰もが一番に思い浮かべるのが、この丸天井なのではないだろうか。

土台となる大聖堂の建築が始まったのは1296年。それから何度か建築責任者を変えながら建築が進められ、1418年にはドーム部分をどう設計するのかを決める公募が行われた。しかしこの公募の結果がどうなったかを見る前に、時を少しだけ戻すことにしよう。

1401年。当時のフィレンツェは、市民の期待と誇りを掛けた一大事業である大聖堂の建築が着々と進み、活気にあふれていた。大聖堂には教会の他にも2つ、付属する建築物がある。一つはジョットの鐘楼と呼ばれる鐘つき堂で、もう一つが聖堂の正面玄関前に建つ洗礼堂である。

フィレンツェの守護聖人である聖ヨハネに捧げられたこの洗礼堂は、市民にとってキリスト教徒としての人生が始まる神聖な場所。かの詩人ダンテも、かつてこの場所で洗礼を受けた。

そんな大切な洗礼堂に最高の扉を付けようというプロジェクトが立ち上がり、誰がこの名誉ある扉製作者となるかを決めるため、前代未聞の美術コンペが開催されることになった。

大聖堂の正面の建物がサン・ジョヴァンニ洗礼堂。

フィレンツェの威信をかけた一大事業。ここで選ばれれば間違いなく地位も名声も手に入る重大なコンペである。ルネサンス芸術が花開こうとしてた芸術都市フィレンツェに集う者たちの中で、我こそはと名乗りを挙げたのは7名の芸術家たち。彼らは旧約聖書のエピソードである「イサクの犠牲」をテーマとしたブロンズのレリーフを製作し、その彫刻作品の出来を競い合うことになった。

一年後。フィレンツェ市民たちの注目が集まる中、審査員たちによって選ばれた最終候補者はロレンツォ・ギベルティとフィリッポ・ブルネッレスキの2人の若者たちだった。どちらの作品もあまりに素晴らしく、甲乙つけがたかったため、いっそのこと2人に共同製作させてはどうかという意見が優勢になりかけた。

しかしそれに異議を唱えたのは、なんとブルネッレスキ本人だったのだ。誇り高い彼は人生を掛けて挑んだであろう名誉あるコンペの優勝の座を、なんと自ら辞退したのだった。

フィリッポ・ブルネッレスキ

ルネサンス期の芸術家たちの評伝を書いたジョルジョ・ヴァザーリによれば、ブルネッレスキはギベルティの作品こそが優勝にふさわしいと認め、彼を選ぶよう審査員たちを説得しようとしたという。当時のブルネッレスキは弱冠25歳の若者なのだが、自ら負けを認めるとはなんという職人魂だろう!

結局、ブルネッレスキが共同製作を拒んだことで優勝者はギベルティとなり、洗礼堂の扉は彼が一人で製作することとなった。

ギベルティが製作した洗礼堂の扉。

ギベルティへの敗北を認め、この時大きな挫折を味わったブルネッレスキは、ブロンズ彫刻の世界から完全に手を引く決意をする。そして失意の中で訪れたローマで、古代の遺跡や建築物を研究するようになり、建築分野への知識を蓄えていくのである。

そして運命の1417年。

ブルネッレスキの敗北から15年の歳月を経て、フィレンツェの大聖堂の建築は最終局面を迎えていた。

世界中にフィレンツェの偉大さを示すような、美しい巨大なドーム型天井の製作が求められていたが、当時の建築技術ではこれほど巨大なドーム建築は不可能とされていた。あまりにも大きいため、建築のための足場を組むことさえできないのだ。

そこで再び芸術家たちの意見を募ることになり、2回目のコンペが開催されることになった。今回の内容は、ドーム型天井の建築案である。

建築不可能と言われた巨大な丸天井。

この時も、その他の候補者たちを抑えて最終的な対決はブルネッレスキとギベルティとの一騎打ちとなった。まさに因縁の対決である。

この時ブルネッレスキが提示したのは、仮枠なしの二重構造のドーム案で、実現可能であれば素晴らしい案であることは間違いないが、こんなことは不可能だという否定的な意見も多かった。

壁を二重にして重量を軽減し、2つの壁が互いを支え合う。その奇抜な発想は、彼がローマの古代建築からアイディアを得たものだった。

一方で洗礼堂の扉製作ですでに不動の地位を築いていたギベルティは審査員からの信頼も厚く、ブルネッレスキの案は斬新だが監督が必要とのことで、二人の共同製作にすべきという意見がまたしても優勢となる。

当然、ブルネッレスキにとって共同製作など受け入れがたい。そこで彼は細かい製造法を明かさないまま仮病を使って現場から姿を消し、ギベルティ一人では何もできないことを証明してみせた。

そして少々強引に自らの存在感を見せつけた後、彼はドームに使用するレンガ一つひとつさえ自らチェックするという丁寧さで、誰も信じられなかった異例の大工事を無事に完成させたのだった。

左がアルフォルノ・ディ・カンビオの像。右がブルネッレスキ。
美しい大聖堂の姿は、今日でも世界中の人々を魅了している。

現在、ドゥオモ広場には二人の人物像が置かれている。

一つは教会の土台部分を担当したアルフォルノ・ディ・カンビオ。そして雪辱を果たし世界最大のドーム建築を見事に完成させた、ブルネッレスキである。

ブルネッレスキの像は正面ではなく、斜め上を見つめている。彼の視線の先にはフィレンツェの永遠のシンボルとなった、レンガ造りのドームが今日もそびえ立っている。

600年以上の時を経てなお、彼の執念を傾けた作品は色褪せるということを知らない。

Santa Maria del Fiore(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)https://duomo.firenze.it/it/home
Piazza del Duomo, 50122, Firenze, FI


文・写真/佐藤モカ(海外書き人クラブ/イタリア在住ライター)
2009年よりイタリア在住。イタリア在住ライターとして多数の媒体に執筆する他、マーケティングリサーチャー、トラベルコンサルタント、料理研究家など幅広く活動。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/

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