文・写真/新宅裕子(海外書き人クラブ/イタリア在住ライター

イタリアでのワイン生産の歴史は何千年前にも遡るが、ヴァルポリチェッラ地区も例外ではない。古代ローマよりもはるか昔、2500年ほど前から赤ワインを生産してきた。

ヴァルポリチェッラを代表する赤ワイン、アマローネ【Amarone della Valpolicella】

ヴァルポリチェッラ=アマローネの産地としてすぐにピンときた方もいるだろう。重厚なテイストが人気で、世界にその名が知られるようにもなった。しかしながら、実はアマローネが造られ始めたのは1936年、とその歴史は浅い。では、その前はというと?

その答えがレチョートである。

ミラノとヴェネツィアの中間地、2000年以上前から存在するヴェローナの旧市街から15㎞ほど北へと車を走らせると、標高300m前後の小高い丘一面にブドウ畑が広がる。そこがヴァルポリチェッラだ。イタリア語でヴァル-と付くと谷を意味するが、その名の通りいくつかの谷間が存在し、斜面を利用したブドウ栽培が誇り。水はけが良く日光をたっぷりと浴びたブドウは良質で、イタリアの中でも名高い赤ワインの生産地として数えられる。この地域でしか育てられない土着品種コルヴィーナやコルヴィオーネ、ロンディネッラなどのブドウが使用されるこの地域特有のワインはDOP(保護原産地呼称)認証も受けていて、つまり他の地域で造られることはない。

見渡す限りブドウ畑が広がるヴァルポリチェッラ。

現在、大小300以上ものワイナリーが切磋琢磨してワイン造りに勤しみ、ワインの生産量も右肩上がり。2021年のレポートによると生産量は年間6500万本で、なんとその7割をカナダやアメリカをはじめ、世界各国に輸出している。

そんな中、レチョートの名を知っている人はどれくらいいるだろうか。紀元前から造られてきた、いわば元祖とも言える存在にもかかわらず、あまり知られていないのが現状だ。それもそのはず。ヴァルポリチェッラの代名詞とも言えるアマローネの年間生産量1500万本に対し、レチョートはわずか34万本と造られる量も圧倒的に少なく、かなりレアなワインなのである。

正式にはレチョート・デッラ・ヴァルポリチェッラといい、その最大の特徴は濃厚な甘み。デザートワインに分類されるため、食事に合わせやすい辛口ワインに比べて馴染みが薄いというのも事実だろう。

ヴァルポリチェッラの元祖、レチョート【Recioto della Valpolicella】

しかし、実はワインというのは歴史的に甘い飲み物だったのだ。古代ローマの頃、甘みが足りないときはあえてハチミツを加えていたほどに、ワインは甘くなくてはならなかったという。砂糖がなかった当時はハチミツが高価だったこともあり、この甘いワインも貴族階級の人たちしか飲めないような贅沢品だった。

レチョートワインの失敗によりアマローネが生まれた20世紀半ばまで、この地ではその流れが続いてきた。その偶然できたフルボディの赤ワインにイタリア語で「とても苦い」を意味するアマローネという名が付けられたのは、決してアマローネが苦いからではなく、「甘くない」からなのである。

一方で、レチョートという名前はこの地域の方言、レチエ(recie)に由来するという説が有力で、「耳」を意味する。ブドウの房を人の顔に見立てたとき、ちょうど耳の位置にあたる上方のブドウの実が一番質が良いとされ、このワインを造るのに適しているからだそうだ。

ヴァルポリチェッラのブドウはコルヴィーナやロンディネッラなどの土着品種が主流。

前述した土着品種のブドウはそのまま使用すると味が弱いため、この地域では伝統的にアパッシメントと呼ばれる製法を用いている。収穫したブドウを3ヵ月~半年間、陰干しにするのだ。そうすることで余分な水分が落ち、シワシワになったブドウには糖度が凝縮する。その後、絞った果汁を発酵させ、熟成期間を経てレチョートとしてようやく世に出始めるのである。今日においては手間隙かかる製法と希少性から、やはり値の張るワインとなっているのは致し方ない。

収穫したてのブドウを陰干しにするヴァルポリチェッラ特有のアパッシメント製法。

陰干しと発酵、熟成を経ると、売りに出るまで軽く1年以上はかかるワインなわけだが、現地ヴァルポリチェッラでは熟成前の初物を楽しむ習慣もある。毎年3月~4月にあたるイースターの時期、陰干しを終えて絞ったばかりの“初レチョート”を味わうお祭り(Palio del Recioto e dell’Amarone)が開かれ、出展ワイナリーがその出来栄えを競うのだ。ヴァルポリチェッラ地区における最大の町、ネグラールのメインストリートに各ワイナリーのスタンドが立ち並び、気軽にレチョートの試飲ができるこの春の祭典は今年68回目を迎えた。

ルビーのような輝き、バニラやサクランボ、赤いベリー系の混じったフルーティーな香り、そして一口含んだときの上品な甘み。各生産者たちと交流しながら、意外にもしっかりした味わいの初物ワインを堪能できるだけでなく、元祖ワインに対する彼らの愛着や思い入れを肌で感じられるのも魅力的なイベントだ。

初レチョートの飲み比べはワイナリー名を隠して行われる。同じ地域のブドウなのに風味の違いがはっきり出ていておもしろい。

デザートワインといえばアイスワインや貴腐ワインなどの白ワインが世界的にも有名であり、赤のデザートワインは珍しい存在だろう。レチョートのアルコール度数は13%程度と決して低くはないが、極甘の飲み心地はワインが苦手な方にも好評で、プレゼントや記念日にもピッタリ。この歴史や製法などを知った上で一度、手に取ってみてほしい。

食後のデザートタイムにスイーツやチョコレートとともに。または食事の〆にチーズと合わせて飲むのが一般的に推奨されているのだが、近年、マグロのお刺身などともよく合う、なんていう生産者からの斬新な提案もあるので、ぜひレチョートの可能性を開拓していただきたい。

なお、同じヴェローナ県にある白ワインの産地、ソアヴェにもレチョートと呼ばれるワインが存在する。こちらはレチョート・ディ・ソアヴェ(Recioto di Soave)という白のデザートワインで、輝く黄金色が美しい。どちらのレチョートもイタリアワインの格付けトップ、DOCG(統制保証付原産地呼称)のお墨付きで美味しいのは保証するが、どうかお間違いなく。

文・写真/新宅裕子(イタリア在住ライター)
東京のテレビ局で報道記者を務めた経験を活かし、イタリア移住後も食やワイン、伝統文化、西洋美術等を取材。ガイドブックにはないイタリアのあれこれや現地の暮らし、マンマ直伝のレシピを紹介している。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/

 

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