文・写真/上野真弓(海外書き人クラブ/イタリア在住ライター)

南イタリア、バイアの入江(上野真弓撮影)

ナポリ湾の北に位置するバイアの入江に海底遺跡があるのをご存知だろうか。この遺跡は、1920年代に港の工事で偶然発見され、50年代にイタリア空軍のパイロットがバイア上空で撮影した写真に入江全体を占める海底遺跡が写っていたことから、海底のポンペイとして、その存在を知られるようになった。
しかし、実際に発掘調査が始まったのは、80年代に入ってからである。

実は、バイアの海底遺跡は、イタリアでも意外と知られていない。バイア(古代ローマ時代はバイアエと呼ばれていた)はどういう場所だったのだろう。どうして海に沈んだのだろう。

バイアに至るミセヌムの風景(上野真弓撮影)

バイアからミセヌム(現在はミセーナ)一帯は風光明媚な立地で、ローマからも近く、紀元前の共和政時代からローマの権力者たちの別荘地として有名だったが、軍事的にも重要な地域だった。ミセヌムは、ローマ海軍の最も重要だったミセヌム艦隊の母港、ユリウス港やミセヌム港があった場所である。

いっぽうバイアには歴代皇帝や特権階級の豪奢な離宮があった。第3代皇帝カリグラがここから船を並べてナポリ北部のポッツォーリまで橋を架けたのは有名な話だが、第5代皇帝ネロが実の母親アグリッピーナを殺害したのも、ここバイアである。

しかし、紀元5世紀以降、この辺り一帯で地層変動による地盤沈下が始まる。港や豪奢な宮殿は徐々に放棄され始め、8世紀にはすべて海の底に沈んでしまう。その面積、実に3.5平方キロメートルである。

バイアの入江には、ローマ帝国第4代皇帝クラウディウスのニンファエム(ニンフを祀る神殿)とトリクリニウム(低いテーブルを臥台で囲み、寝そべって食事をする古代ローマ特有の食堂)、皇帝ネロの時代に陰謀を企て自死を命じられたピソの壮大な邸宅と浴場、貯水槽、ユリウス港やミセヌム港などが、水道管や石畳の道路、モザイクの床や彫刻とともに眠っているのだ。

現在、この海域はバイア海底考古学公園となり、ダイバーに人気のスポットとなっている。スキューバダイビングでなら遺跡のほぼ全域に潜ることができるが、一般の観光客もグラスボトムボートに乗船すれば、ほんの少しだけ海底遺跡を見学することができる。

バイア近郊にある火山のクレーター(上野真弓撮影)

この辺りは火山地帯であるため、それも地層変動の要因のひとつだったのだろう。
火山があれば温泉だ。いにしえのバイアは、温泉のある保養地としても有名だった。

バイア考古学公園、浴場跡(上野真弓撮影)

浴場の遺跡も現存する。なだらかな斜面を利用して階段状に海まで続く浴場である。水を引いてボイラーで湯を沸かしていたローマの浴場とは異なり、バイアでは海底火山から湧き出る温泉を引き、サウナも噴気を利用していた。

海沿いの離宮が海に沈んだあとも、この浴場は中世まで温泉施設として使用され、神聖ローマ皇帝兼シチリア王だったフェデリーコ2世も湯治に通っていたという。

ヴィーナスの神殿(上野真弓撮影)

浴場内にはヴィーナスの神殿と呼ばれる温泉施設もあった。現在では、考古学公園の外、バイアの港に位置しており、この地が被った地層変動を物語っている。

グラスボトムボート乗り場(上野真弓撮影)

ヴィーナスの神殿のすぐそばに、海底遺跡見学のグラスボトムボート乗り場がある。1日1便、前日までの予約制で、往復する時間を含めて1時間程度のボート体験だ。ただし、クラウディウス帝のニンファエムのある海域しか見ることができない。

ボートの上にて(上野真弓撮影)

美しい風景を眺めながら見学ポイントまで向かう。
海の透明度が日によって変わるため、現場まで行っても視界ゼロということもある。その場合は見学せずに港へ引き返し、お金はとらない。
夏場は特にモーターボートやヨットの数が増えるため、海の透明度が落ち、何も見えないことが多い。私は2回目の挑戦でようやく見ることができた。

海上から眺めるバイア城(上野真弓撮影)

バイア城は、15世紀末にナポリ王だったアラゴン家のアルフォンソ2世が城塞として建設したものだが、土台からローマ時代の典型的な邸宅跡が発掘されたことから、もともとはユリウス・カエサルの別荘、あるいは、息子である皇帝ネロに暗殺されたアグリッピーナの別邸だったのではないかと考えられている。現在はバイア城カンピ・フレグレイ考古学博物館となって、バイアの海底から発掘されたモザイクや彫刻などが展示されている。

エピタフィオ岬(上野真弓撮影)

クラウディウス帝のニンファエムが位置するのはエピタフィオ岬のそばである。この辺りでボートは止まり、海の透明度、つまり遺跡見学が可能かどうかを係員がチェックしに行く。祈るような気持ちである。

船底の見学場所(上野真弓撮影)

船底の両側にガラス窓があり、そこから海中を見る。

海中の彫像(上野真弓撮影)

海にゆらめく、クラウディウス帝の母アントニア(初代皇帝アウグストゥスの姉オクタウィアとマルクス・アントニウスの娘)の彫像。ただし、本物はバイア城考古学博物館に展示されており、これは、ダイバー用のレプリカだそうだ。

海底の石畳の道路(上野真弓撮影)

海底の石畳の道路の上を魚が泳いでいるのが見える。正直に言うと、上から見下ろす形は不満が残るし、もっとはっきり見たかった。かろうじて海底遺跡の雰囲気を味わったという感じである。
やはりスキューバダイビングでないと海底遺跡の醍醐味は味わえないのだろう。それでも、海底に眠る遺跡に少しでも触れられた意義は大きい。

考古学博物館に展示された彫像(上野真弓撮影)

2000年にわたって波に侵食された「玉座に座るキュレベ像」、両側に小さなライオンを従えている。

イタリアは、歴史や美術ファンには天国のような場所だが、見るべきところが多すぎる。この地に37年暮らす私だが、一生かかってもそのすべてを見ることはできないだろう。

バイア海底考古学公園のH P https://www.parcosommersobaia.beniculturali.it
見学ボートのHP https://www.parcosommersobaia.it/Cymba.html
見学は1人12ユーロ。

文・写真/上野真弓 イタリア在住ライター、翻訳家。1984年12月よりローマに暮らす。訳書に「レオナルド・ダ・ヴィンチの秘密」、「カラヴァッジョの秘密」「ラファエッロの秘密」(いずれも河出書房新社)がある。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。

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