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文・写真/鳥居美砂

かつて綿花の集積地として栄えたメンフィスは、テネシー州最大の街で、現在も人口の約6割をアフリカ系アメリカ人が占める。

街には黒人音楽を源流にしたブルースやジャズが流れ、さらに日曜日の教会ではゴスペルが力強く歌われる。

その一方で、カナダやアイルランドなどからの白人系の移民が持ち込んだ音楽は東海岸から内陸部へと伝わり、地元音楽の影響を受けながらカントリー・ミュージックとなっていった。ちなみに、テネシー州の州都、ナッシュビルが今もカントリー音楽の聖地である。

そして、ここメンフィス近郊で黒人の音楽と、白人系の音楽が出会い、混ざり合って新しい音楽が生まれた。それがロックンロールであり、その立役者こそ“キング・オブ・ロックンロール”と称されるエルヴィス・プレスリーである。

メンフィス滞在の初日は、そのエルヴィス・プレスリーゆかりの地を訪ねた。

まずは、エルヴィスが実際に暮らしていた邸宅のある『グレースランド』だ。iPad とヘッドホンによる解説付きの見学ツアーがあり、日本語も用意されている。

まさに“邸宅”と呼ぶにふさわしい、威風堂々とした造りの『グレースランド・マンション』の正面玄関。

まさに“邸宅”と呼ぶにふさわしい、威風堂々とした造りの『グレースランド・マンション』の正面玄関。

解説によると、エルヴィスは22歳でこの家を購入して、42歳で亡くなるまでの20年間をここで暮らした。倒れていたのを発見されたのも、この家の中だ。

見学ツアーではリビングルームやダイニング、同居していた両親の部屋、友人たちとテレビを観る部屋、ビリヤード専用の部屋など、実際にエルヴィスが過した空間をつぶさに見ることができる。

ただし、公開は1階と地下に限られ、2階にあるエルヴィスのプライベート・ルームは見られない。

娘のリサ・マリーは「パパが2階から降りてくるときには、ネックレスやブレスレットのジャラジャラという音が聞こえてきて、それでわかるの」という逸話を紹介していた。

自室ですっかり支度を済ませ、“キング・オブ・ロックンロール”の顔を整えてから姿を現していたのだろうか。

孔雀のステンドグラスが印象的なリビングルーム。奥のピアノを弾くこともよくあったという。

孔雀のステンドグラスが印象的なリビングルーム。奥のピアノを弾くこともよくあったという。

家族や友人たちと食事を楽しんだダイニングルーム。

家族や友人たちと食事を楽しんだダイニングルーム。

天井の中央部から、放射線状にヒダ状の布で覆った凝った造りのビリヤード専用ルーム。

天井の中央部から、放射線状にヒダ状の布で覆った凝った造りのビリヤード専用ルーム。

エルヴィスは、メンフィス近郊のトゥペロという町に生まれた。両親は“プア・ホワイト”と呼ばれる貧困層に属していたという。この地域では、ラジオから流れてくるのはカントリー・ミュージックが中心だった。

母親は信心深く、熱心に教会に通うような人だった。エルヴィスも幼いころから、母親に連れられて教会に通った。
この教会でゴスペルに出会い、黒人音楽に親しむようになるのだ。

13歳のときに、父親の職を求めて家族でメンフィスに移り住む。高校卒業後はトラック運転手として働きながら、音楽活動も続けていた。そして偶然、音楽スタジオで録音したことから才能が認められ、そのキャリアをスタートさせる。

『グレースランド』の敷地内には、エルヴィスの輝かしい音楽人生を紹介する博物館も併設されている。おびただしい数のゴールドディスクやトロフィーを見ると、彼の偉業を再認識できる。

全米No.1に輝いた曲は、全部で18曲とか。博物館には記念のゴールドディスクが壁一面に展示されている。

全米No.1に輝いた曲は、全部で18曲とか。博物館には記念のゴールドディスクが壁一面に展示されている。

白人である彼が黒人音楽を歌うと、初めて耳にするような新しいフィーリングの音楽となった。その根底には、幼少期から聴いていたカントリー・ミュージックやゴスペルがあるのだろう。そして、それはロックンロールと呼ばれるようになる。

私自身は、この1点をもってエルヴィスが好きだ。後年のラスベガス時代の音楽性については生意気なようだが、それほど好きではなかった。

しかし、多くの映画に出演した際に、真剣に役作りをしていたのに中途半端に起用されていたことに不満があったらしく、最終的に音楽だけのステージに専念した、という解説を聞いてなるほどと感じ入った。

音楽性が変節したと勝手に思っていたけど、ラスベガスのショーのほうが本流だったという訳だ。

1977年に亡くなってから約40年、今も多くのファンがここ『グレースランド』を訪れる。

エルヴィスのお墓も敷地内にある。瞑想のために造られた『メディテーション・ガーデン』の一角に、両親と祖母とともに静かに眠っている。

エルヴィスのお墓も敷地内にある。瞑想のために造られた『メディテーション・ガーデン』の一角に、両親と祖母とともに静かに眠っている。

宿泊は『エルヴィス・プレスリーズ・ハートブレーク・ホテル』にした。『グレースランド』内にある直営ホテルだ。

館内はまさにエルヴィス一色で、壊れたハート型のプールもある。

ロビーのインテリアは赤やヒョウ柄で派手。エルヴィスの映像やヒット曲が常に流されている。

ロビーのインテリアは赤やヒョウ柄で派手。エルヴィスの映像やヒット曲が常に流されている。

客室はいたってシンプル。落ち着いた色調で、写真の左奥には電子レンジもある小さなキッチンを完備。

客室はいたってシンプル。落ち着いた色調で、写真の左奥には電子レンジもある小さなキッチンを完備。

ハート型のプールの底に、ギザギザのマークが描かれていて、“ハートブレーク”を表現している。

ハート型のプールの底に、ギザギザのマークが描かれていて、“ハートブレーク”を表現している。

宿泊客は概ね中高年で、イギリスからの団体もいた。なんでも、ハーレー・ダヴィッドソンの愛好家たちで、ナッシュビルからメンフィスまでをアメリカの業者が用意したバイク(もちろん、ハーレー)で走るツアーに参加したという。バイクのメンテナンスを請け負う車が並走して、安全で快適に走れるそうだ。夫婦で参加している人も多かった。

一方で、宿泊した日は夏休み時期だったので、子供を連れた30〜40代ぐらいの人も結構いた。エルヴィスのファンとしては若い世代になるが、彼を愛する多くの人が一度は訪れたいと願うホテルなのだろう。

エルヴィスが日常生活を送り、新しい音楽を世に送り出した『グレースランド』。そこは、スーパースターの虚像と素顔が交錯する場所だった。

【グレースランド】
https://www.graceland.com

文/鳥居美砂
ライター・消費生活アドバイザー。『サライ』記者として25年以上、取材にあたる。12年余りにわたって東京〜沖縄を往来する暮らしを続け、2015年末本拠地を沖縄・那覇に移す。沖縄に関する著書に『沖縄時間 美ら島暮らしは、でーじ上等』(PHP研究所)がある。『サウンド・レコパル』などで音楽記事も担当。

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