文・写真/鳥居美砂
ここまでのアメリカのディープサウスの旅では、連日、ジャズやブルース、ロック……と音楽三昧の楽しい時間を過ごしてきたが、この地(メンフィス)ではどうしても避けて通れない“負の遺産”がある。それは、黒人差別の歴史であり、黒人の人権を求めた公民権運動である。
そもそも、ジャズやブルースもアフリカから連れてこられた奴隷たちの心の叫びから生まれた音楽だ。これらの音楽の背景には、黒人解放の歴史がある。
その黒人解放運動の先頭に立っていたのが、マーチン・ルーサー・キング牧師だ。そして、遊説に立ち寄ったメンフィスで銃弾に倒れた。キング牧師が暗殺されたのは、宿泊先のロレインモーテル306号室のバルコニー。現在、このモーテルは「国立公民権博物館」として公開されている。
館内には、アラバマ州モントゴメリーで起きたバスボイコット運動や、同州バーミングハムでグレイハウンドバスが襲撃された事件などが再現されている。黒人に向けられた凄まじい差別に今更ながらに驚き、それに耐えて非暴力で自由を勝ちとっていく忍耐力と意思の強さ。展示内容はリアルで、胸に迫ってくる。
自由の国アメリカの歴史に陰を落とすこの事実を、しっかり観ておかなくては。
博物館には通りを挟んで別館があり、キング牧師の暗殺に使われた部屋がそのまま保存されていて生々しい。興味本位ではなく、こうした恥部もちゃんと残しているのは現在のアメリカの公平さを表しているようで、ホッとした。
エルヴィス・プレスリーゆかりの地、メンフィスは黒人解放運動の最前線でもあった。その両方を目に焼き付けて、次の目的地、アラバマ州モントゴメリーを目指した。
でも、その前にちょっと寄り道。ソウル・ゴスペルシーンの大御所、アル・グリーンが現在牧師となっていて、メンフィス郊外にある教会「フル・ゴスペル・タベルナクル」(Full Gospel Tabernacle)で日曜礼拝があるのだ。体調がよくないと聞いていて、彼自身がゴスペルを歌ってくれるか微妙なところだが、向かうことにした。
聖歌隊のゴスペルで盛り上がったころ、アル・グリーンが登場した。礼拝説教のあとに、献金の時間があった。各自に献金用の封筒が渡され、それに寸志を入れて彼のところに持っていく。
どこから来ましたかと尋ねられ、勢いよく「ジャパン!」と答えると、グリーン牧師だけでなく、信者たちも歓声をあげて祝福してくれた。そして、歌のお返しも! 今回の旅で、忘れられないシーンとなった。
感激は冷めやらないが、4時間以上のドライブが待っているので出発しないと。
アラバマ州に入った途端、不思議なことに道路のコンディションがよくなった。しかし、景色が単調で行けども行けども、車窓からは森林しか見えない。サザンロックの雄「レーナード・スキナード」は「スィート・ホーム・アラバマ」と歌っていたのに、高層道路だからしかたないか。
カーラジオのクラシック・ロック・チャンネルを探して、70年代のロックを聴きながら、ひたすら車を走らせた。ちなみに、このドライブ中に一番かかっていた曲は、「スティーヴ・ミラー・バンド」の「ザ・ジョーカー」。いくつかのチャンネルに合わせてみたが、彼のほかの曲もかかっていて、その人気の高さがちょっと意外だった。
■公民権運動の中心地、モントゴメリー
アラバマ州モントゴメリー(地元では「モンゴメリー」ではなく、「モントゴメリー」と発音する)には、マーチン・ルーサー・キング牧師が大学院卒業後に初めて着任した教会がある。それが「デクスター・アベニュー・バプティスト教会」だ。この小さな教会から公民権運動を指導し、やがてケネディ政権をも巻き込む大きなうねりとなっていった。
モントゴメリーの名が全米に知れ渡ったのは、バスボイコット運動だ。1950年代の南部では、バスの座席は白人用と黒人用に分かれていて、たとえ黒人が許された席に座っていても、立っている白人がいれば席を譲らなければならなかった。なんと理不尽な規則だろう!
これに抗議したのが42歳の黒人女性ローザ・パークスである。運転手から白人に席を譲れと命令されても、それを拒否した。彼女は即逮捕されてしまうが、この勇気ある行動に共鳴した多くの黒人が続き、バスに乗車しないというボイコット運動になっていく。
キング牧師が中心となってこの運動を指揮、1956年に連邦最高裁の「バスの人種隔離は違憲」という判決を勝ち取った。
「国立公民権博物館」で再現展示されていた「フリーダムライド」に使われたグレイハウンドバスは、バーミングハムで襲撃された後に、なんとかモントゴメリーのバスステーションに到着した。しかし、ここでもまた鉄パイプを持った群衆に襲われてしまう。その惨事の舞台が博物館として残されている。
モントゴメリーはアラバマ州の州都。現在は穏やかで静かな町にしか見えないが、町のあちこちに公民権運動の歴史が刻まれている。
およそ観光地とはいえない場所を巡って憤りや怒り、悲しみ、それに少しの希望が入り混じった気持ちで胸がいっぱいになった。多分、わたしが黒人音楽に惹かれるのはこうした複雑な感情が音楽のベースになっていて、心を揺り動かされるからだろう。
次回は今回の旅の拠点、ニューオリンズに戻る。第1回でお伝えできなかった食文化やダークな一面も紹介します。
文/鳥居美砂
ライター・消費生活アドバイザー。『サライ』記者として25年以上、取材にあたる。12年余りにわたって東京〜沖縄を往来する暮らしを続け、2015年末本拠地を沖縄・那覇に移す。沖縄に関する著書に『沖縄時間 美ら島暮らしは、でーじ上等』(PHP研究所)がある。『サウンド・レコパル』などで音楽記事も担当。