4月6日発売の『サライ』5月号大特集「地図でニッポン再発見」にちなんだ特別付録「葛飾北斎『東海道名所一覧』」は、江戸時代の天才絵師が描いた壮大な鳥瞰図の傑作を、作品が入れられていた当時の袋も再現しつつ原寸大で復刻した一枚である。ここでは、北斎にしか成し得ない異次元なる鳥瞰図の魅力と見どころについて、類似作品と共に解説する。

葛飾北斎『東海道名所一覧』

大々判錦絵、43.9×58.2cm、文政元年(1818)。手前右下の江戸から右上の京都までを結ぶ、東海道上に存在した53の宿場を一望の下にする壮大なスケールの鳥瞰図。画中には、街道上に設置された宿駅に限らず、周辺に位置する地名のほか、各地に存在する名所や神社仏閣などが仔細に描き込まれており、さながら東海道を往来する人々のための旅ガイド的な要素さえ加味された大作となっている。同様の鳥瞰図としては北斎画に先駆けた鍬形蕙斎による『日本名所の絵』などが既に存在したが、富士山の存在を大胆にデフォルメし、印象的な日の出とともに画面左上に配置したスケール感のある画面構成は天才・北斎の真骨頂といえる。描いた北斎の想像力と画力も凄まじいが、これを版木に再現できた彫り師の技も超絶技巧の極致といえよう。 すみだ北斎美術館蔵

※各宿場の名称表記は現在、一般的に使用されているものです。一部、図版内の表記とは異なります。また、本図版は宿場の位置を明確にするため全体の色調を薄くしています。

【北斎と鳥瞰図】視覚の魔術師・北斎が描く鳥瞰図の魅力とは

「絵に描けぬものはない」とばかりに森羅万象、この世の全てを描き尽くした天才浮世絵師・葛飾北斎。ほとばしる才能を数多の画面に投影し、異次元の世界を探求し続けた奇跡の画家である。そんな北斎を象徴する作品ともいえるのが、特別付録で取り上げた『東海道名所一覧』であり、以下に掲載したふたつの鳥瞰図的な作品だ。

地名や名所を探す楽しみ

江戸時代も中頃を過ぎると、「お伊勢参り」や「富士講」などを通じて一般庶民の間にも「旅」が浸透していく。人々が西へ東へと移動するようになると、絵地図や旅先の情報を絵入りで紹介した名所図会のブームが起きる。北斎がこのような鳥瞰図を表したのも、人々のまだ見ぬ土地への憧憬を浮世絵の中で満たそうとした帰結だったのかもしれない。いずれにしても、地理的構造を見事なまでにデフォルメし、独自の空想世界を描写し得た北斎の卓越した想像力と画力には舌を巻くしかない。

「北斎が描く鳥瞰図は、単に地図的要素をダイナミックに構築し直しただけではありません。本作のように富士と日の出を画面左上に象徴的に描き出すという構図の妙があり、風景画としての完成度の高さがある。見るものを決して飽きさせない画面構成が魅力です」

そう語るのは本作を所蔵するすみだ北斎美術館の主任学芸員・奥田敦子さん。奥田さんは「絵に描かれた名所や自分の知っている地名を、画面を辿りながら見つけてゆくのもこの絵を鑑賞する大いなる楽しみです」と教えてくれた。

葛飾北斎『総房海陸勝景奇覧』

大々判錦絵、40.7×55.2cm、文政年間初期(1818〜19)頃。本作は、左上の江戸から東京湾を挟んで右に内房、画面中央付近に鎌倉周辺が描かれた鳥瞰図である。「鎌倉山」の文字の下には鶴岡八幡宮の境内が大きく描かれているのがわかる。 すみだ北斎美術館蔵

葛飾北斎『木曾路名所一覧』

大々判錦絵、42.5×57.8cm、、文政2年(1819)。御嶽信仰が盛んとなっていた木曽路を、画面手前左下の江戸から上部中央の京都にかけて俯瞰した大作。『東海道名所一覧』の翌年の出版で、同時期に制作されたと推測される一枚だ。 すみだ北斎美術館蔵

『東海道名所一覧 袋』

29.5×15cm、文政元年(1818)。北斎による『東海道名所一覧』が入っていた出版当時の袋。浮世絵の袋が残っているのは極めて貴重だ。上部に「文政戊寅新鎸(ぶんせいつちのえとらしんせん)」とあり、文政元年に制作されたことがわかる(新鎸は、新たに彫る意)。 島根県立美術館蔵(永田コレクション)

【展覧会情報】
「北斎 大いなる山岳」

葛飾北斎『冨嶽三十六景 凱風快晴』
大判錦絵、25.7×38.3cm、天保2年(1831)頃。
言わずと知れた北斎の代表作で、富士を神と崇(あが)めた北斎ならではの連作。本作の出版が始まったのは、北斎が72歳の頃だ。 すみだ北斎美術館蔵

富士山が世界文化遺産に登録されて10周年となることを記念し、富士山を象徴的に描いた北斎による日本の多彩な山の表現と、そこに秘められた日本人と山との深いつながりに迫る展覧会が開催される。

すみだ北斎美術館

東京都墨田区亀沢2-7-2 
電話:03・6658・8936
前期/6月20日(火)〜7月23日(日)、後期/7月25日(火)〜8月27日(日)※前後期で一部、展示替えを予定。
開館時間:9時30分〜17時30分(入館は17時まで)
休館日:月曜 ※ただし7月17日(月)(祝)は開館、7月18日(火)は休館。
入館料:一般1000円ほか
https://hokusai-museum.jp/

同館は、北斎が人生の大半を過ごした墨田区に2016年に誕生した。
都営地下鉄大江戸線両国駅より徒歩約5分、JR総武線両国駅より徒歩約9分。

※上記掲載した作品は、すみだ北斎美術館で開催される「北斎 大いなる山岳」の出品作です(『東海道名所一覧 袋』は除く)。展示替えなどの出品情報は同館のホームページをご参照ください。

『サライ』5月号の特別付録は、葛飾北斎『東海道名所一覧』。

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※この記事は『サライ』本誌2023年5月号より転載しました。

 

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