65歳で恋に落ちた相手は……
彼女は憲和さんとの恋に積極的だった。
「私が『今度会いましょう』と言うと『いつにしますか』とスケジュール帳を取り出すとかね(笑)。女性から積極的に来られて、嫌な気がする男はいないよ。それに、彼女は声が良かった。彼女の温かみある声に接していると、心が落ち着いていくので、一緒にいて穏やかな気持ちになれたんだ」
彼女のことは「恋」ではないと憲和さんは断言する。
「よく『恋はするものではなく、落ちるもの』っていうでしょ。大人になってからの、男女関係は、タイミングと打算の要素が大きく関わってくると思う。つまり、頭で恋愛をしてしまうんだよ。『この人のことは好きだけど、口が軽いし、あの人が知り合いだから、やめておこう』とか。それと恋は別。恋は制御不能なほどに相手に惹かれ、自分の底に眠る力が覚醒する感覚を味わうものだよ。そういう観点から考えると、人生で恋に落ちたのは、2回。1回目は、高校1年生の時に、同級生の女の子に恋をしたこと。寝ても覚めても彼女のことを考えて、学校では常に目で追っていた。英語と数学が苦手な彼女に勉強を教えるために、1日10時間以上勉強した。その結果、彼女も僕も第一希望の大学に進学した。彼女の姿を見るたびに、胸がドキッとしたし、恐れ多くて近寄れなかった。そんな苦しくなるような日々が恋なんだと思う」
憲和さんは、15歳の時に同級生の女子に恋に落ちた。そしてその約50年後、12歳の小学生の男の子に対して恋に落ちたという。
「俺は大人の女性が性の対象であり、その男の子に対して、性的な欲望を感じたことは一切ない。ただ、どうしようもなく惹かれてしまうような感覚があり、『これは恋だ』と思った。実際に、その男の子のことは、チラッと見る程度で、言葉も交わしていない。衝撃的に好きになり、1カ月間合わない間、胸が苦しくなるような思いをし、1か月後に再会したら、その恋心は醒めていた。あれはいったい何だったのだろうかと、今でも混乱するよ」
【人生2回目の恋は、ヴィスコンティの『べニスに死す』と似ていた~その2~に続きます】