取材・文/沢木文
仕事、そして男としての引退を意識する“アラウンド還暦”の男性。本連載では、『不倫女子のリアル』(小学館新書)などの著書がある沢木文が、妻も子供もいる彼らの、秘めた恋を紹介する。
【~その1はこちら】
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西村博司さん(仮名・63歳)。工学系の国立大学卒業後、機械メーカーの技術者として勤務し、60歳で定年退職する。しかし、帰宅したその日、30年間連れ添った妻から離婚届を突き付けられ、60歳から親が残してくれた都内の家で一人暮らしつつ、夕方になると通う昭和酒場で25歳年下の女性と出会う。
出会ったその日に、「また会いたいです」と言ってきた
「彼女は出会ったその日に、『また会いたいです』と言ってきた。きっと私のことを男だとは思っていないんだろうけれど、初めてそんなことを言われて、どうしていいかわからなくなってしまった。毎日行くほうの店の名前を教えると、『また行きます』と言って帰って行った。酔っているから、すぐに忘れるんだろうと思っていたら、3日後に店に来たんだ。その時は驚いたよね」
彼女は数学と哲学に詳しく、西村さんは話していて飽きなかった。彼女はバツイチで、32歳の時に離婚してから大手派遣会社に登録し、都内の海運会社で派遣社員をしているという。都内の実家に母親と2人で住んでおり、海外旅行を親子で行くほど仲がいいという。
美人の部類に属するが、真面目で堅実だから同世代の男の人とのコミュニケーションが苦手だということ。そして恋愛でもう傷つきたくないこと、離婚してからは一人が好きになり、おひとり様の生活を満喫していることがわかった。
「まあ、お父さんが偉大みたいだから、きっとファザコンなんだろうね。世の中の男がバカに見えるんだと思う。結局、その店で会うようになって、10回目くらいかな。あれは金曜日で、彼女が珍しく深酒をして『ウチに来たい』と言うから『どうぞ』と招待してしまったことから、今のような関係になった。ウチまで片道3kmだからね、彼女が『まだですか?』と何度も言うんだよ。今の娘は足腰が弱いよね(笑)。途中のコンビニで酒を買ったりして、学生に戻ったような気分になった」
彼女はかなり酔っており、家に着いた途端に、リビングのソファで寝てしまう。
「まだ20時くらいだったんだけれど、いい大人だし、まあいいかと思って寝かしておいた。私はテーブルに座って、彼女の体調に変化がないかを見ながら、2時間ほど本と新聞を読んでいた。風呂を沸かして入っていたら、ほろ酔いの彼女が服を脱いで入って来たんだよ。あれはホントにびっくりしたね」
予想外の出来事に、西村さんは驚く。彼女は「西村さんのメガネって、顔と一体化しているよね。メガネが顔になじんでいる人が好きなんだ」と言いながら、唇を近づけてきた。
「バカにしてんのか、と思ったけど、まあ娘みたいなもんだからしょうがないよね。それに、もうソッチのほうは15年以上ご無沙汰だし、そんな欲望がおこると思っていなかった。昔から、女性としたいと思っているけれど、ガツガツできないんだ。だから、女房の他には2人しか知らない。プロの女性が嫌いだからそういうお店に行ったこともない。まさか人生4人目の女性に60歳を超えて出会えるとは思わなかった」
そんな西村さんと彼女が、男女の関係になるのは、それから2か月の時間がかかる。この日は、2人で同じベッドに眠ったという。
【男女の関係になったのは、彼女のリードだった。次ページに続きます】